第6話 届けてほしい箱

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 ……ああ、夕日が綺麗きれいですね。

 いえすみません、あまりに綺麗だったものですから、つい。

 ええと、本日はどのような箱をお探しで?


 ふむ、箱は探していないと。それよりどうしてこの店にたどり着いたのかが分からない、と?

 そうですねぇ。当店にお立ち寄りのお客様は、まず何かしらの箱をお探しです。

 箱と一口に申しましても、大きいものは人が入るものから小さなものは小指の先ほどのものまで、素材も目的も古きも新しきも、多岐たきにわたります。

 ただ一つ申し上げるなら、当店の箱は、元は中身があった箱ばかりです。ですのでちょっとした由来やくせなど、必ず一つ二つは持っております。

 大抵たいていの場合、お客様はそのような癖に愛着や必要性を見出されるのです。


 えっ、そんな箱ばかり売っていてもうかるのか、って?

 そうですねぇ、正直に申し上げれば儲かりません。値段はその場で決まりますから、仕入れた時より安くなったりもします。お客様もそうそう頻繁ひんぱんにはいらっしゃいませんし。

 じゃあなんでこんな店をやっているのか、と?それはもう、箱に頼まれてやりたいと思ってしまったからですよ。ええ、箱の方から私にせっついてきたんです。この店をやってくれと。

 おや、なんだかぽかんとしておいでだ。

 そんなまさか、適当な事を申してけむに巻こうだなんて思ってはおりませんよ。

 それにお客様、お客様も私から見れば似たようなものですよ。

 意味が分からない?……そうですね、ですからお客様はこちらにいらっしゃったんでしょう。


 それで、欲しい箱に何か心当たりはございましたか?

 ……ふむ、人が入る大きさの箱が気になると。それでしたらこちらへどうぞ。

 はい、そうなんです。見ての通りひつぎです。もう二十年は経ちますので、木の色も変わって古びておりますが。

 ……お客様?お客様!大丈夫ですか!?お顔の色が真っ青ですよ。

 はい、はい。とりあえずそちらの椅子にお座りください。


 落ち着かれましたか、お客様。

 ……そうですか。そんなに故郷から遠く離れた場所で。

 何か帰れなかったご事情がおありだったのですか?

 あっ、これはまた余計な詮索せんさくを。申し訳ありません。

 そうですか、四十年前にそのようなことが……。それでご家族に合わせる顔がなかったと。ですがきっと、このような棺を用意されたくらいですから、ご家族は大層悲しんでおられたと思いますよ。

 ええそうです。葬儀そうぎというのは別れを受け入れるための儀式だと申しますから。

 中にご遺体がなかったので、棺は焼かれずにこうしてここまで流れて来たわけですが。


 この棺もそうです。中に入るべき人間がいると重々承知していて、ずっと持ち主を待っていたんです。

 棺が待っているなんて、死神が待っているような人生だと?

 そんなことはございませんよ。人はいつかは皆死にます。棺というのは、それを見届けてもらえる人間にしか入れないものですよ。

 ええ、そうですとも。お客様には少なくとも、この棺がいますよ。


 えっ、この棺を届けてほしい、と?

 そうですね、これは確かにお客様の物ですから、お客様にお届けするのが筋だと私も思います。ですが非常に高額でして、その、お代はこちらになるのですが……。

 えっ、この倍の額をお持ちだと?残りはご家族にと、そうですか、承りました。

 大丈夫です、必ず両方ともお届けに上がります。

 ありがとうございました。では、安心してごゆっくりお休みください。


 ……さて、ご遺体が傷む前に必ずお届けに上がらねば。ご家族の方は住所が合っているといいのですが、まぁこれは、処屋ところやに頼めばどうとでもなりましょう。

 それにしても、うちでは唯一中身のなかったお前の、本当の持ち主が現れるとはね。

 こんなことも時にはあるから、この店はやめられないんですよ。

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