第5話 整理用の箱

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 ああすみません、ちょっと片づけの途中だったものですから。

 いえいえ、店を閉めようと言うのではありませんよ。ただ最近は小さな箱が増えてきましたから、そろそろ整理せねばと思いましてね。

 ええ、溜まるんですよものすごく。棚に並べるにしても数に限界がありますしねぇ。


 おや、お客様も整理用の箱が欲しい、と。奇遇きぐうですね。

 今ちょうど持ち出そうと思っていたとこなんですよ。整理が得意な箱がいるんです。

 ええ、箱です、箱が整理してくれるんです。

 おや疑いのまなざし。ではちょっと実演してみましょうか。

 よっこいしょ……っと。ああ、結構大きいでしょう?この引き出しの中は仕切りで区切られているんです。

 それじゃ結局自分が整理しなきゃいけない、と?まぁそうおっしゃらず。


 それでは入れていきますね。

 はいはい、大丈夫ですよー。適当に広げて突っ込んでますけど、これでいいんです。引き出し全部に小箱を詰めたら、一度閉じてここにラベルを入れます。

 そうですねぇ、小さい順に並んでほしいですから「小箱:小さい順」とでも書いておきましょうか。

 これをラベルのところに差して、と。あとはお茶でも飲みながら十分ほど待ちましょう。

 何か飲みたいものはありますか?はい、コーヒーもございますよ。ではちょっとれてきますね。


 はいどうぞ、冷めないうちに。

 ところでなぜ整理用の箱が欲しいのです?

 ほうほう、刺繡ししゅうをなさるのが趣味と。確かに刺繍糸の色というのは豊富ですよね。

 ふむ、そんなに数が多いのですか。似ている色の区別も難しいくらいだと。

 それは確かに、頼めるものなら誰かに整理してほしいですね。

 私など、十六色のクレヨンでも箱の中で迷子にしてしまいましたからね。本当に、整理上手な人がうらやましいです。

 えっ、そこまでずぼらじゃない?ははは、これは失敬しっけい


 さてそろそろ引き出しを開けてみましょうか。

 じゃーん、見てください!小箱が綺麗に小さい順に並んでいるでしょう?

 ふふふ、驚かれてますね。ですがこれだけじゃないんですよ。全部の引き出しを開けてみれば分かりますが、箱の中全体で大きさ順に並んでるんです。

 どうですかこの素晴らしい整理術!


 種を明かしますとね、この箱はとある大学の研究室にあった標本箱なんです。

 学生たちが持ち出した標本を元の場所に戻してくれるとは限りませんから、教授が度々整理をしていたそうなんですが、それを見かねてこの箱が手伝うようになりまして。

 今ではすっかり慣れたもので、こうやってラベルに書いておくだけで何でもきちんと並べなおしてくれるんです。


 えっ……あっはい。確かにこちらは売り物ですが……あの、お客様、考え直されては。その、これだけの大きさの箱を持って帰るのは大変ですし。

 おや、車で近くまでいらっしゃっていると。そもそも整理のための箱を探していたのだからと、それはそうですよね……。


 は、はい。お代はこちらになります。

 そうですね。これだけの仕事をしてくれるのに、意外と欲の無いやつなんですよね。

 ありがとうございました。では、ご縁がありましたら、またの御贔屓ひいきに……。


 はぁーーーーどうしよう!

 今まで小箱の整理は全部あの標本箱に頼ってたんだよなぁ。ほんとに有能だったからなぁ。今度から自分でやるしかないのか、はぁ……。


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