第4話 本物の箱

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 ……お客様?どうなさいました、お顔の色がよろしくないようですが。

 えっ、ネットオークションで偽物にせものつぼを高額で?

 なるほど、中身と箱の大きさが合うものを一緒にしているだけの偽物で、箱書きも何の意味も無いと、そう骨董屋さんが。それはまた、災難にわれましたね。

 ですが当店は一介の箱屋でございます。残念ながら詐欺さぎに対処する力はございませんので、警察へ相談なさったほうがよろしいかと。


 えっ、箱屋というのは何を売っているのかと?もちろん箱でございます。大きなものは人が入るものから、小さなものなら小指の先ほどまで、各種取り揃えております。

 ……どんな箱でもあるのか、と?それはどうでしょう。

 当店で取り扱う箱は一癖も二癖もある箱ばかりですが、それなりに品揃えは良いと自負しております。ですがさすがにどんな箱でも、というわけには参りませんので。


 それで、何かお望みの箱があるのですね。何でしょう?

「本物の箱」はあるのか、とは……禅問答ぜんもんどうのようなものでございますか?生憎あいにくとそのような教養には浅いものでして、お答えできるかどうか。

 はい?壺は本物だと確信している?

 お客様、それは私には判断しかねますが、骨董屋さんが偽物だとおっしゃっているのなら、どんな箱に入れてもやはり偽物という事になるのでは……おや、これは失敬しっけい

 そうですね、箱書きがその物に合っていればそれは「本物の箱」という事になりますね。


 しかし残念ですが、私は骨董の知識にも浅いものですから、その壺に見合う箱があるのかどうかも分かりません。いや、本当に申し訳ない。浅学せんがくゆえに何もお力になれず。

 って、お客様!そちらは私の寝室ですよ!

 ああ困ったなぁ、乱暴なお客様だ。それにあれに目をつけられてしまわれるとは。


 お待ちくださいお客様!そちらは偽物の箱ですよ。正真正銘の。

 いえいえ、よく見てください。ちゃんと箱書きが「NISEMONOにせもの DEATHです」となっているでしょう?横向きになっていてぐちゃっと書かれているから、みんな好きなように読んでしまうだけなんですよ。なんですか、ケートクチンって。そんな事一言も書かれていやしませんから。


 嘘をついて売らないつもりか、ですって?お客様、いくらなんでも嘘つき呼ばわりはいただけません。

 その箱の箱書きは、見た人間の見たいようにしか見えないんです。

 そもそも中身が本物だとおっしゃるなら、わざわざ違う箱に入れ替えなくても問題はないでしょう。しかもそんな箱に入れてしまったら、たとえ中身が本物でも偽物だと言われてしまいますよ。

 えっ、お嫁さんに叱られる?

 黙って買ってしまわれたんですか。それはちゃんと叱られましょうよ。


 えっ、お代はいくらかって……ええと、こちらになりますが、あの、お客様。本当によした方がいいですよ。

 ああ、ああ……。行ってしまわれた。


 参ったなぁ。あの箱は因業いんごうなやつだから、これまでも大勢の人をだましてきたんですよねぇ。あまり売りたくなかったから隠しておいたのに。

 まぁでも、お嫁さんがしっかりした方なら、あの文字を見てかんかんに怒るでしょうし、きっと適切に処分してくださるでしょうから大丈夫ですね。

 あの箱もうちに閉じ込められてりたでしょうから、二度と戻ってきたりはしないでしょうし。

 これきりかも知れませんが、もしご縁がありましたら、今度は良い箱をお売りしましょう。


 それにしても、偽物の壺に偽物の箱とは。

 一周回って「本物の箱」という事になるんでしょうかねぇ。





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