第3話 開かない箱

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 当店では大小さまざまな箱を取りそろえておりま……あっはい。珍しく自己紹介などしてみようとしたらさえぎられた。ずいぶんお急ぎでいらっしゃる。

 それで、開かない箱が欲しい、と。

 開かない箱とはまたどういう事でしょう?箱というのは何かを入れておくものですから、大抵たいていは開かないと困るものだと思いますが、何か封印したいものでも?

 おっといけない、また要らぬ詮索せんさくをしてしまった。


 ……はい、はい。ふむふむ。

 三歳のお子様が救急箱を開けて、誤って大人用の解熱剤げねつざいを飲んでしまったと。それは一大事じゃないですか!箱屋へ来ている場合ではありませんよ。

 あ、先週の事ですか。今はもう回復されていると。よかったよかった。

 ふむ、今の救急箱には一段階ロックがあって、これまでは開けられた事がなかったのですね。それを解除されてしまったから、もっと開けにくい箱が欲しいと、そういう事ですか。


 そうですね、南京錠なんきんじょうの付いた箱ならいくつかありますが……それではまたいずれ解除されかねないですね。

 お子さんの成長というのは早いですからねぇ。昨日まではよちよち歩きだったはずの子が、もう走り出しているといった感覚でしょう?分かりますよ。

 ああ、私は独身なんですが、兄弟や友人たちの子をよく見ていましたからね。それに猫ならたくさん飼ってきましたから。

 箱に入れたらそこから動けもしなかった子猫が、一年もしたらふすまを開けるようになっている。

 えっ、ペットと一緒にされては困る?これは失礼いたしました。


 さて開かない箱。救急箱ですから、必要な時にはさっと開いて欲しいですしねぇ。となるとふたが固いのはちょっとよろしくないですから……おっ、そうだ!あの箱ならいいかもしれない。

 えーっと、確か棚の上に……いたいた。ちょっと脚立きゃたつを取ってきます。

 ああすみません、元の持ち主がやはり子持ちのお父さんだったそうで、いつも子供の手の届かない高い棚の上に置いていたそうなんですよ。今でもその習慣がぬけないようで。


 さ、どうぞ。蓋を開けてみてください。

 ……どうですか?開かないでしょう?

 そうなんですよ。見かけはただのプラスチックの道具箱なんですがね。ロックも付いていないし錠もなしなのに、なぜか開かないんです。蓋が固いようには見えないのに、びくともしないでしょう?


 この箱はですね、先ほど申し上げたように小さいお子様のいる家にあったんです。

 中には工具類がしまわれていて、その中にナイフが一本あったそうで。

 当然お子様が触っては危険ですから、棚の上にいつも置いてあって、お父様が管理されていたんです。

 ですがある時、お父様がこの道具箱を触っているのを見た子供が、棚から降ろそうとした瞬間に足元に飛び着いたんです。それでお父様は手元を誤って取り落として、その時に運悪く蓋が開いてしまったんです。

 幸い命に関わる大怪我はなかったのですが、お子様の顔をナイフがかすめたようで、傷ができてしまって。

 お父様はとても後悔されて、道具箱を買い換えてしまわれたのですが、この道具箱もその時の事を悔いて、以来用事がないとかたくなに開かなくなったんです。


 そうです、似ているでしょう?

 この箱なら二度と同じ事がないように、ご家族を守ってくれますよ。

 いえいえ、ご心配には及びません。用事があればこれこの通り、さっと開きますから。

 おお、気に入っていただけたならよかった!


 はい、お代はこちらになります。

 え、安すぎないかって?

 大丈夫です。この箱は用がないと見なした相手の前では一切開かないので、あっちこっちの店を流浪るろうしてきた箱なんです。よいお客様に巡り会えて喜んでいますから。

 ありがとうございました。では、ご縁がありましたら、またの御贔屓ひいきに。

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