第2話 ジュエリーケース

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 おやお客様、素敵なお召し物ですね。ええ、ドレスでいらっしゃるお客様は初めてです。

 なるほど、お孫さんの結婚式ですか!それはおめでとうございます。

 それで、本日はどのような箱をお探しですか?

 えっ、箱を探している覚えはない?そうですか、皆さん最初はそうおっしゃるんですよ。でも大丈夫です、当店にいらしたからには、きっとお望みの箱が見つかりますから。


 それにしても今日は良いお天気ですね。天候にも恵まれて、お孫さんも喜んでらっしゃったのではないですか?

 ……えっ、欲しい箱の心当たりがあった、と。それは良かった!それで、どのような箱でしょう?

 ふむふむ、このペンダントを入れる箱ですか。おや、こちらチェーンが切れているようですが……そうですか、幼いころのお孫さんの宝物で作られたペンダント。そう言われてみれば、これはインテリア用のアクリルストーンのようですね。お孫さんは器用な方なんですね、針金でこんな風につなげるとは。


 おや、直してもらえなかったと。それはまたどうして?

 ……そうですか、それは少し寂しいですが、お孫さんも立派な大人になったという事ですよ。

 自分でお金を稼げるようになったからといって、こんな素敵なパールのネックレスを贈ろうなんて、私の若い頃なら考えもしませんでしたから。大切に育てられたのですね。

 ええ、ええ、どうぞもっと自慢してください。


 っと、そうでした箱、箱。

 宝石箱ならいくつかありますが、どのようなものをお探しですか?

 ふむ、専用のジュエリーケースが欲しいと。しかもお店で買う時にもらうようなシンプルなもの、と?

 うーん、細工を凝らしたものは色々あるんですが、この大きさのものとなるとケースだけ残るのはまれで……そうなんです、探してみたら意外と無いですよね。


 あ、思い出しました。ありましたよ一つ。

 おーい、出番だよ、出ておいで。

 ……いやすみません、どうにも気まぐれな子なんですよね。さてどこに隠れたやら。

 箱やーい、箱ー、箱ー。あれっ、こんな棚の真ん中に。さてはお客様に気があるんですね。


 さ、こちらです。どうでしょう?……おお、ぴったりですね。

 この箱ですか?こちら実は、結婚指輪の箱なんです。

 とても仲の良いご夫婦がつけていた指輪の箱だそうです。くしたりしないように、外すときは自分の出番だといつも居間に陣取っていたんですが、ご夫婦二人とも指輪を外した事がなかったようで。

 亡くなる時まで外さなかったものですから、夫婦円満のためには自分の出番がない方がいいんだと、すっかりねてしまったんですよ。

 おかげでうちに来てからも、指輪のケースを探しているお客様の前には決して出て来なかったんです。


 あ、ですのでこの箱は、あまり放置するとまた隠れたりいなくなったりします。お客様の場合はその心配はなさそうですが、一応そういう箱だという事は覚えておいてやってください。


 はい、お代はこちらになります。

 ありがとうございます。……ううっ。

 ああいえ、長年付き合った箱ですから、なんだか嫁に出すような気分でして。あっ、もちろん引き止めようというのではないですよ。どうぞ存分に使ってやってください。

 では、ご縁がありましたら、またの御贔屓ひいきに。

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