箱屋

しらす

第1話 大きめの箱

 いらっしゃいませ。箱屋へようこそ。

 おや、どうなさいました?はい、当店は箱屋です。

 箱屋って何屋なのか、と?そうですねぇ、そうおっしゃるお客様は時々いらっしゃっしゃるんですが、名前の通りなんですよ。

 魚屋なら魚を売っているでしょうし、花屋なら花を売る。車屋なら車を売っているものでしょうし、近頃はあまり見かけませんが昔は豆腐とうふ屋なんてのもあって、豆腐を売りに住宅地を流したりもしていたものです。

 ですから箱屋の当店で売っているのは、名前の通り箱です。まぁ、この店の売れ行きを知っている界隈かいわいの人には、あそこで売っているのは油だ、なんて言われもしますがね。


 さてお客様、当店にいらしたからには箱をお求めですね。どんな箱でしょう?

 えっ、思い当たる節がない?そんなことおっしゃらずに、さぁさぁ。大きなものは人が入るものから、小さなものなら小指の先ほどまで、大小取り揃えておりますよ。

 ああ、気難しいものが多いですが、このような場所まで箱を求めていらっしゃるような方なら大丈夫です。きっと箱のお眼鏡にかなうはずですから。

 えっ、何かおかしなことを申しましたか?

 はい、はい。そうですとも。当店の箱は、買う相手を選ぶんですよ、困ったことに。でもご安心ください、そのために私という案内役がいるのですから。


 で、どんな箱をお求めでしょう?

 ふむふむ、大きな箱、それも画材を入れるための箱……。

 段ボールでは不足でしたか?あ、これは失礼、つい要らぬ詮索せんさくを。

 ……ああ、なるほど。恩師おんしの方から譲っていただいた大切な品々ですか。そのようなご事情でしたら、確かにもっとしっかりしていて、中身が大事なものだと示してくれるようなものがいいですね。

 おや、残念ながら今は段ボールに。これは急がねば。


 そういう事でしたらいい箱がありますよ。ああ、そちらの箱は確かに大きくて頑丈ですが、実は発破はっぱ用のダイナマイトが入っていた箱なんです。なんだか中身が爆発しそうで不安になりますよね。ああ、安心してください、今は空です。うちは箱屋ですからね。箱しか置いていませんから。

 えーっと、確かこの辺りに……おっと、中にいつの間にやら小箱がいっぱいになっている。この箱は無邪気にその辺の物をしまい込みたがるんですよねぇ。

 さ、どうぞ。持ってみてください。

 どうですか?大きさも重さも頑丈さもちょうどいい具合じゃないですか?

 そうでしょう、そうでしょう!側面のこの絵がいいですよね。可愛らしくて。


 この箱は何の箱かって?

 見ての通り、子供の玩具おもちゃ箱だった箱ですよ。片づけが大好きで、散らばって困っている物を見るとすぐしまい込んでしまうんです。昔からの癖なんでしょうねぇ。

 ですから片づけが大変で、その辺に散らばっていたら困るものを仕舞うにはいい箱なんですよ。

 え、私なにかおかしなことを申し上げておりますか?

 ……箱が自分で片づけをするのはおかしい?そんなことはございませんよ。なんせ十年以上も片づけを手伝ってきたおもちゃ箱ですからね。そりゃあ慣れたものですよ。


 ただ一つ難点があって、きちんと定位置に仕舞われていない大切なものを見ると、この箱はすぐ片づけたがるんですよ。

 ええ、そうです。鍵とか、財布とか、最近ではスマートフォンなんかもそうですね。適当な場所に置いておくと、すぐこの箱の中に入ってしまいます。なので大事なものの管理にはお気を付けください。

 まぁ、無くなったと思ったらだいたいこの箱の中にあると思っていれば大丈夫です。ただ、だからと言って油断すると、大事なものじゃないと勘違いして放置したりもしますから、その辺りはくれぐれもお気をつけて。


 はい、お代はこちらになります。

 お高いですか?ですが箱の方はこれくらいがいいと申しておりまして……あ、はい。ご納得いただけたなら何よりです。

 ありがとうございました。ではご縁がありましたら、またの御贔屓ひいきに。

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