三つの箱

だるまかろん

三つの箱

「ここに三つの箱があります。箱の中には、モンブラン、メロンパン、カヌレのどれかが入っています。あなたはどの箱を選びますか。」

 見た目は同じ、大きさも形も同じ箱だ。左か右か真ん中か、私は悩んでいた。

「えっ、どうしようかな……、真ん中を選びます。」

 私は少し悩んだ後、真ん中を指差した。

「当店では、こちらの箱の中身を召し上がることができます。三つの中のどれが出るか、お楽しみです。スイーツは一つお買い上げごとに千円の料金を頂いています。コーヒーは何杯でも無料で、セルフサービスです。その他のドリンクは有料です。それでは、ごゆっくりお過ごしください。」

 店員さんの説明に、呆気にとられた。一人で来るような、簡単な店ではなさそうだ。

 私は案内された座席でくつろぐ。仕事で少し遅くなるから、先に店に入って欲しいと友人からの連絡があった。

 友人は、大学時代の同級生だ。世間で言うところの元彼氏である。私と友人の趣味はカフェめぐりである。美味しいスイーツのお店に入るため、まるでカップルがデートに来たかのような風を装っている。一人で入りづらい店は、友人と来るのが定番だ。

「やあ、お嬢さん、こんにちは。お待たせして申し訳ない。ご機嫌いかがかですか。相席してもよろしいですか。」

 オールバック、スーツ姿。パリッと着こなす爽やかな男性。友人は、かなりクセの強い登場の仕方をした。

「いいですわよ。私の目の前に座るのを許可しますわ。」

「御意。」

 友人は敬礼をしたのち、私の目の前の席に座った。

「今日は三件の顧客獲得に成功した。僕の顔が格好良すぎて、お客様は恋に落ちてしまったよ。」

 そういう営業の仕方は、私の好みではない。しかし、なぜか友人の言い方は鼻にかからない。むしろ、面白くてこちらが笑顔になる。

「ははは。確かに、今日の雰囲気は爽やかで格好良いよね。私が客だったら、新規契約しそうで危険ね。」

 友人はクスッと笑う。彼は、私の好みの服装を知っている。今日は私に会うからと気合いを入れてきたのが伝わった。

「気をつけてください。僕は獲物を逃さないタイプですから。」

「獲物って……、あなたの周りだけ縄文時代に戻っているみたいね。」

 私は少し呆れていた。

「お待たせしました。こちらは、カヌレ・ド・ボルドーです。」

 店員さんが、スイーツをテーブルの上に置いた。

「ありがとうございます。」

 友人は深々と頭を下げた。そして語り出す。

「カヌレは溝だね。僕達の溝も深かった。この溝を埋めるのは、僕の愛しかない。」

 友人は、スッと私の左手に触れた。それがあまりにも自然であり、私が抵抗する隙がなかった。

「……。」

 友人は私の薬指に指輪を嵌めた。

「結婚、したいと思いませんか。」

「……えっと、何の罰ゲームなのかしら。やめてくれませんか。」

 私は友人から目線を逸らした。今、友人の顔を見たら、自分の感情が動いてしまいそうだった。

「ジュエリーを、試着してみませんか。」

「ああ、試着ね……、期待した私が馬鹿でした。」

「この指輪は、あなたにプレゼントします。」

 真剣な表情で、また私の心を揺さぶる。

「そういう冗談は辞めた方がいいわよ。相手を傷つけるわ。」

 私は友人を軽蔑した。

「僕は、きみが好きだ。」

「……。」

 私の思考は停止した。

「私もあなたのこと、好きですよ。」

 私はそう言って指輪を受け取った。

「指輪、試着しに行きましょう。僕と見に行きませんか……っていうやり方なんだ。」

 私の心は地獄に堕ちる。

「気をつけて。きみは、僕が一緒にホテルに行こうと言えば、断らないと思う。だから心配だ。」

「心配しなくても大丈夫よ。あなたの自腹でスイートルームを二部屋を予約すればいいのよ。」

 私が言うと、友人は笑った。

「……僕と一緒の部屋は嫌なのか。」

「恋人じゃないのに、同じ部屋はありえないわよ。」

「一夜限りの恋人にならないか。」

「友達と一夜限りの恋人になったら、友達じゃなくなってしまうわ。」

 私は友人を冷ややかな目で見た。友人は、少し笑う。

「きみは、守りが固くて大変だね。だから僕はきみを信頼している。指輪は、この箱にしまっておくといい。」

 友人は、銀色のロゴが入った小さな青い箱を取り出した。ちょうど指輪が入るサイズだ。

「ありがとう、これからもよろしくね。」

 私は箱を受け取った。友人は私に笑顔を向けるだけだ。

「ああ、よろしく。これは、僕ときみの友情の証だよ。最新のジュエリーカタログを渡すから、欲しいものがあったらぜひ連絡してよ。」

 友人から分厚いカタログを受け取った。

「ええ、良いものがあれば、購入させていただくわ。」

 私たちは、カヌレを食べながら考えた。結局、私達の溝は何となく埋まらない。一度できた溝を、埋める努力をしない。それはお互いの傷ついた過去と同じだ。それは、甘くて非日常的で刺激的な、カヌレのようだった。

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三つの箱 だるまかろん @darumatyoko

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