ダンジョン攻略する聖女様は信者を増やす

ダンジョン攻略する聖女様は信者を増やす

「そうです。女神様は常にみなさんを見ておられます。善行も愚行も。そして分け隔てなく慈しみの心を向けておられます」

『俺たちみたいなのでもか?』

「もちろん。女神様の慈しみの心は地上のあまねく全てに向けられています」

『でも、今更俺たちが救われるとは思えないぜ』

「なにを言うのです。確かに私たちとあなた方は敵同士。しかし、女神様から見れば同じ自らが生み出した子に等しい。その慈愛に差異などあり得るはずもありません。遅いことなどないですとも。今からでも女神様の御心のままに」

『なるほどねぇ』



 王都大聖堂より派遣された上級聖女、ラケルは朗々と語っていた。


 若い少女と言っても良い年齢。祝福された白の修道服に身を包み、透き通った金の髪をなびかせ、手には女神の加護を示すペンデュラムを握っている。


 ここは深いダンジョンの底であり、光りと言えば松明だけ。


 そこで聖女様はまるで聖堂で信徒たちに言って聞かせるように女神の愛について語っていた。


 目の前のまさに今宗旨替えしようかという迷える子羊に。


「あの」


 しかし、俺は言った。


「すみません。ちょっとお待ちください。これは非常に大切なことなのです」

「いや、あの。どうするんですかこれ」

「どうもこうもありません。女神に使える信徒として、迷えるものを見過ごすわけにはいかないのです」

「とは言いましても」



 俺はポリポリ頭をかいた。


 もはやどうしようもないからだ。


 本当に大変なことになった。


 上級聖女ラケル。1000年に1人を謳われるほどの力を持っていると聞いている。


 その祝福された肉体はあらゆる魔術を跳ね除け、その幸運はあらゆる厄災を祓い、そして女神の代弁者と言われるその声はあらゆる者に届くと言う。


 しかし、だからと言っても。



「困ったぞこれは」



 前方の光景も大概だが、後方の光景も大概だった。

 本当に、こんなことになるなんてダンジョンに入るまでは思いもしなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「東の果てのダンジョンの最奥にある宝物を持ち帰れ」



 言ったのは我らが偉大な王だった。


 俺は上級冒険者だ。十代から冒険者になりもう10年以上経つ。


 こうして国から依頼が来ることもないことはない。多くはないが。


 何人も他の上級も呼ばれていて俺はそのうちの1人だった。


 東の果てのダンジョン。またいわくつきが来たなと思った。



「王よ。東の果てのダンジョンは攻略不可能のはずです。あそこの最奥の宝物庫の扉は呪いで決して開かない」



 そうなのだ。東の果てのダンジョンの最奥の扉はひどく呪われている。噂では東の魔王が直接呪ったとかで人間に解呪できるものではないらしい。


 何人か最奥まで行った冒険者はいるが、扉を開けず帰ってきたとか。



「そのことだが。今回はその手段がある。我らが国に生まれた奇跡。聖女ラケルならばあの扉も開けられよう。貴公らには聖女を護衛しつつダンジョン最奥に至ってもらう」

「ははぁ」



 全員が言葉を失った。

 言葉を失う冒険者たちをよそに王の脇に構えるラケルが深々と一礼した。



「どうかよろしくお願いします。足手まといにならないように精一杯努めさせていただきます」



 冒険者たちは返す言葉もなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「じゃあ、よろしく」



 そうしてダンジョンの入り口で他の上級冒険者たちは言った。そして帰って行った。もちろん、自分たちの宿へ。

 残されたのは俺と聖女ラケルだけだ。



「あの方達はどうされたのですか?」

「体調が悪いとのことです。仕方ありません」

「それは大変ですね。言ってくだされば私の秘蹟で直しましたのに」

「それにはおよばないそうです」



 全て嘘だった。


 連中は面倒を俺に押し付けただけだ。


 上級でもひよっこで1番立場の低い俺に。


 当たり前だ。いくら奇跡の聖女と言ったものの、戦闘はずぶの素人なのだ。


 ラケルは「足手まといにならないよう」と言ったが足手まといになるに決まっているのだ。


 そして足手まといと一緒に潜って生きて帰れるほど東の果てのダンジョンは甘くはない。


 つまり、やってられないので全部俺に押し付けて逃げたのだ。


 今から王からもらった前金で遊ぶのだろう。


 そして、死んだ俺と聖女を尻目に適当な怪我を作って国に帰って「失敗でした」と言うのだろう。


 だが、俺にそれをどうこうする力はなかった。


 俺にできるのは聖女も俺もほどほどの怪我をして逃げ帰り「失敗でした」と言うことだけだった。


 なのでそれをするしかなかった。



「では、いきましょうか」

「あら、あなた1人で大丈夫なのですか?」

「なんとかなるでしょう」



 なんともならないに決まっていたが言うわけがなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、ダンジョンの階段を降りて一層目。


 いきなり現れたのはゴブリンたちだった。


 低級のモンスター。数は5体。それぞれ手に剣だの槍だのを持っている。この程度なら俺でも倒せる。


 しかし、目的は倒すことではない。


 俺は適当な太刀傷を受け、聖女様はかすり傷でも受ければすぐに帰りたくなるだろう。


 そう思いながら俺は剣を構える。



「なにをなさるのです?」

「なにって、戦闘ですよ。こいつらを倒します」

「倒すとは殺すということですか?」

「まぁ、直接的な表現をすればそういうことです」

「そうですか、それがあなた方の仕事なのですね」



 聖女は言うとやけに引き締まった表情に変わった。


 あわれんでいるとかではないし、蔑んでいるでもない。


 ただ、なにかを心に決めたかのような表情。



「なんです?」

「少しだけお時間をいただけませんか?」

「はぁ」



 俺は良いが、ゴブリンどもが待つとは思えない。今だって獣みたいな鳴き声を上げながら武器を振り上げているのだ。


 しかし、そんなゴブリンどもの視線を聖女ラケルは正面から受け止め、そして語り始めた。



「申し訳ありません。あなた方の住処に踏み込んで。少しだけお話しをさせていただけないでしょうか」



 聖女ラケルは言った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それがいわゆる奇跡というやつなんだろうか。


 ゴブリンどもは人間の言葉など話さないし聞き取れない。


 しかし、なぜか聖女ラケルはその言葉を理解し、ゴブリンどももその言葉を理解しているようだった。



「我々が争う必要はないのです。女神が与えたもうた一度の生。できるならば穏やかさと平穏のために使いたい、そうは思いませんか?」



 ゴブリンどもが何事か鳴き声を上げる。



「えぇ、そうですね。そもそもが我々がここに踏み込むことに責がある。では、こうしましょう。私はこの地を治める国の上層部にいます。使い道のない権力、ここで使いましょう。このダンジョンを攻略した暁にはこのダンジョンを人間が踏み込めないようにします。それでいかがでしょうか」



 ゴブリンたちがまた喚く。



「ええ、そうです。女神の御心のままに」



 聖女ラケルは言った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そうしてもうしばらく話すと、驚くべきことにゴブリンたちはその武器を下ろしたのだ。



「ありがとうございます」

 ラケルは言った。



 俺は目を丸くして言葉を失うしかなかった。



「なにをしたんだ?」

「ただお話をし、納得していただいただけです。そして、女神を信じていただいただけです」

「えぇ.....」



 俺は驚いた。いや、正直引いた。


 いくら上級聖女でもむちゃくちゃだ。モンスターを説き伏せるなんか。


 バカな研究者がモンスターとの会話を試みたという与太話は聞いたことがあるが、そのまま食われたという結末だった。


 だが、目の前ではそれを超えることが起きていた。



「では、行きましょうか」



 そう言ってラケルは歩き出す。

 一緒にゴブリンも歩き出す。



「いや、ちょっと待て。こいつらはなんなんだ」

「彼らは私が信じる女神を信じてくださった。もはや隣人です。そして彼らはダンジョンの最奥いまで案内をしてくれるのです」

「えぇ.....」



 俺は言葉を失うしかなかった。


 そして、聖女ラケル、俺、ゴブリン5匹の冒険パーティが成立した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 しかし、話はそれで終わらなかった。


 聖女ラケルはその後も出会うモンスター出会うモンスター、みんなに説法していったのだ。


 ガーゴイルが動き出しても、



「あなたに祝福を。どう見ても冷え性です」



 馬鹿でかいゴーレムが現れても、



「女神はあなたを愛しておられます。土くれだっていいじゃない」



 オークの旅団が現れても、



「あなた方のために祈ります。あ、お子さんがおれらるのですね。子育て大変でしょう」



 出会うモンスターみんなに祈り、そして女神の愛を説き、そしてみんな隣人になっていった。


 どうしたことなのか。


 モンスターもみんな悩んでいるということなのか。全員人間の言葉なんか話さない。しかし、彼らはラケルの言葉に聞き入り、時に涙し、そして最後は頭を垂れるのだ。


 とんでもないことになっていた。


 今や俺とラケルの後ろにはおびただしい量のモンスターが続いていた。全員で襲ったら小さい国なら滅びそうな数だ。


 俺はまるで生きた心地がしない。


 しかし連中が俺とラケルを襲いそうな気配はなかった。


 そんなことを繰り返して、とうとうダンジョンの最奥まで来たのだった。来てしまったのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして話は冒頭に戻る。


 東の果てのダンジョンのボスはアークデーモンだった。


 恐ろしくいかつい顔と体をした化け物だ。家一個くらいの大きさはある。そしてその倍くらいの羽が伸びている。角だけで俺よりでかい。当然人語なんか話さない。


 俺1人では相手にならない。瞬殺という言葉さえ生ぬるい結果になるだろう。


 しかし、



「泣くことはありませんよ。あなたもお辛かったのですね。管理職の苦しみというやつですか」



 アークデーモンは子供のように泣きじゃくり、聖女ラケルにすがりついていた。


 なんということか。


 ダンジョンのボスまでこの有様だった。


 というかデーモンなのに聖女にすがりついて良いのか。


 陥落だった。東のダンジョンは聖女の前に陥落した。


 ここまで半日もかかっただろうか。


 こんな楽勝なダンジョン攻略があっただろうか。なにせ俺は一回も戦闘をしていない。


 だが、俺はどうすれば良いのだろうか。これをどう報告すれば良いのだろうか。


 というか、この一個大隊は居そうなモンスターの群はどうすれば良いのだろうか。


 ここまで来れたが果たして無事に出られるのだろうか。



「ではすみません。この奥を開けさせていただきます」



 ラケルが言うとアークデーモンはおずおずと道を譲った。


 玉座の後ろそこにはあまりに厳しいバカでかい扉がそびえていた。


 俺でもわかる。とんでもない濃度の呪いがかかっている。


 しかし、聖女ラケルがそれに触れると、



「女神よ、感謝します」



 扉は音を立てて開き始めた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、その向こうのあったのは金銀財宝の山だった。


 なるほど王様がわざわざ無理難題を言って攻略に向かわせるのもうなずける。


 希少金属の山、総額だけで国家予算の数字を変えるだろう。


 それ以外の用途も数限りない。



「しかし、これでダンジョン攻略だな」

「そうですね。素晴らしい財宝です。そして、これは人を惑わせる。悲しいことです」

「まぁ、金は大事だからな」



 なんにしても依頼は完了だった。


 この財宝の儲けの何分の一かは俺にも入るのだろうウハウハだった。



「ああ、みなさん。ありがとう」



 そして、聖女ラケルは後ろのモンスターたちに礼を言った。


 モンスターたちは笑顔でそれに応じた。



「決めました。私、彼らを導きます」

「は?」

「まだ世界にはこんなに迷えるものたちが居る。それを黙って見過ごすことはできません」

「はぁ」



 俺はまたも言葉を失う。


 つまり、どういうことなのか。



「彼らとともに生きようと思います」



 聖女ラケルは言った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それから、俺はモンスターに導かれ無事にダンジョンを脱出できた。


 こんなにあっさりしたダンジョン攻略は初めてだった。いや、異常だった。


 そして、宝物庫の財宝もモンスターたちがテキパキと運び出し、俺はそれを街の荷運び人たちに伝えて運ばせた。


 それを見た街で遊んでいた上級冒険者たちは腰を抜かしていた。


 なにせ今朝聖女とたった2人でダンジョンに潜った俺が日も暮れないうちに財宝とともに出てきたのだ。


 そりゃあ驚く。俺だったら夢か幻術だと思う。


 だが、現実なので連中は口をあんぐりあけることしか出来なかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、俺は国に帰り、そして英雄呼ばわりされるようになった。


 いや、英雄なのはあの聖女だった。


 本物の奇跡を俺は見た。


 俺は神など信じなかったが、あれを見たらたまに礼拝ぐらいは行こうかと思うのだった。


 そして、その当の聖女について説明し、連れもどそうと俺は王様に言った。


 しかし、



「もう財宝は手に入った。あの女など居なくとも良い。目的は達成されたのだ」



 王様はもうあの聖女ラケルは用済みだと言うのだった。


 俺はあまりに薄情なので単身東の果てのダンジョンに赴いたがもはやその入り口はなかった。


 聖女はゴブリンたちとの約束を守ったのだろう。


 王様はあんなだし、俺は諦めるしかなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それから数年後、とんでもない数のモンスターの信者を従えた『聖女ラケル』という第三者勢力が魔王と王様の戦いを乱しに乱すのだがそれはまた別のお話し。

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