ランボーへの謝罪

のざわあらし

ランボーへの謝罪

 スギ花粉に苦しめられている。止まらぬ鼻水によりティッシュの使用量が激増し、強烈な鼻と目頭の痒みは春眠を覚えさせてくれない。スギ花粉症持ちの俺のような人間にとって、春はまさに地獄の季節と呼ぶに相応しい。


 ──地獄の季節。この言葉には奇妙な思い出、いや、極力思い出したくない記憶がある。



 まだ動画配信サービスに加入しておらず、毎週TSUTAYAに通い詰めて映画をレンタルする日々を送っていた六〜七年前。俺は当時公開済みの「ランボー」シリーズ全四作品を借り、一気見をしようと企てていた。


 説明不要かもしれないが、「ランボー」とはベトナム帰還兵:ジョン・ランボーを主人公に据えたアクション映画シリーズである。帰還兵の苦悩を描いた哀しき一作目「ランボー」。ハリウッド的な娯楽色を増大させた二・三作目「ランボー/怒りの脱出」・「ランボー3/怒りのアフガン」。苛烈な暴力の応酬を克明に映し出した四作目「ランボー/最後の戦場」。これらの作品を観ておらずとも、筋骨隆々の男が銃を携えたビジュアルを連想できる方も多いはずだ。


 通っていたTSUTAYAは小規模な店舗のため、端末で場所を検索するまでもなく、DVDはあっさりと俺の目に留まった。陳列されていたエリアは意外にも一般洋画コーナー。アクション洋画コーナーに置かれていなかった理由は、「ランボー」一作目が持つある種の文学性を鑑みてのことだろうか。

 そして、一作目の右側には、「ランボー」の名を冠した作品が四つ並んでいた。

 ……四つ?俺は首を捻った。先述の通り、「ランボー」シリーズはこの世に四作品しか存在しない。だが、眼前には五作品もの「ランボー」が存在する。見間違えるはずもない。

 当時の最新作「最後の戦場」の右側に置かれていた五つ目の作品の名は「ランボー/地獄の季節」だった。


 真っ先に、俺は便乗B級作品を疑った。「アイアンマン」における「メタルマン」。「トランスフォーマー」における「トランスモーファー」。既存の有名作品の内容に掛けた映画、或いは類似した邦題を付けられた作品は数多い。「地獄の季節」も、そうした類の作品の一部ではないか……?と。


 数多のDVDに囲まれた狭い廊下に立ちすくみながら、俺は密かに憤りを覚えた。

 直前に「ランボー」同様のスタローン主演兼脚本作「ロッキー」を初鑑賞し、ハングリー精神に溢れた感動的な内容からスタローンの信奉者と化していた俺は、スタローンを馬鹿にされたような被害妄想に駆られていた。

 一方、そのタイトルが醸し出す絶妙な「ランボー」シリーズらしさに、どこか可笑しみを感じてもいた。「地獄の季節」など、いかにも有りそうなタイトルではないか。ベトナム戦争に従軍し、地獄のような戦場で戦っていたランボーの姿が目に浮かぶようだ。


 俺は「最後の戦場」までの四枚をDVDラックから引き抜いた。穢らわしき偽物と判断した「地獄の季節」には一切触れることなく、DVDジャケットの確認さえも行わなかった。



 俺はこの経験を、すぐさま飲み会の酒の肴にした。


「いや、この前ヘンなDVD見つけてさぁ」

「あの並び順はひどい、絶対騙されて借りちゃう人が出るって」

「スタローンに謝った方がいいだろ」

「地獄の季節、っていかにもなタイトルだよな」


 烏龍茶を飲みながらマシンガントークで「地獄の季節」を吊し上げる俺に向かい、友人がビールジョッキを片手に告げた。


「それ、絶対勘違いしてるよ」


 友人曰く、「地獄の季節」が「ランボー」シリーズでないことは事実だが、タイトルを聞く限り便乗作品ではないと断言できるという。促されるままスマートフォンを片手に調べたところ、わずか十秒足らずで俺は真相に辿り着いた。

 まず、『地獄の季節』とは世界的に有名な詩集を指し、日本では中原中也が翻訳したことでも知られているそうだ。

 次に、『地獄の季節』を著した人物の名はアルチュール・ランボー。19世紀のフランスで活躍した高名な詩人らしい。

 そして、件の映画「ランボー/地獄の季節」の正体は、1971年に製作されたアルチュール・ランボーの生涯を描いた作品。「ランボー」シリーズの便乗作品ではないどころか、れっきとした伝記映画だった。


「お前、アルチュール・ランボーと『地獄の季節』知らなかったの?」


 友人からの追い討ちの一言で、烏龍茶の味がしなくなった。強い羞恥心は味覚さえ奪うのだろうか。

 時間を巻き戻したい。俺は心から願った。アルチュール・ランボー、或いは『地獄の季節』の存在を知っていれば、このような誤解と大恥は生まれようもなかった。そうでなくとも、DVDを手に取ってジャケットの両面を熟読すれば、全ての事実を把握できたはずだ。


 憤りも嘲笑も、全ては俺の無教養と独り合点が起こした過ちだった。その過ち故に晒した忘れ去りたい恥を、俺はここに告白する。そして、「ランボー」シリーズの偽物扱いをした「ランボー/地獄の季節」と、そのモデルたる偉大な詩人に対し、誠心誠意謝罪をしたい。

 そして、飲み会に参加していた友人の皆。どうか忘れてやって下さい。

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