シュレディンガーの……

菅原 高知

シュレディンガーの……

「知らない天井だ」


 目覚めたら知らない部屋にいた。



 そして現在眼の前には一つの箱がある。


 私が寝ていたベッド以外でこの部屋にあった唯一のモノ。


 

 箱の蓋はしっかりと閉じられており、鍵が掛かっていた。


 しかし、時折中から音がする。

 いや、正確に言うのであれば声、か?


『にゃ〜』


 と可愛らしい猫の鳴き声がする。


 この箱の中には猫が閉じ込められているに違いない! すぐに助けてやらねば!


 ガバっと箱に手をかける――が、そこで私の動きは止まってしまった。


 果たしてこの中には本当に猫がいるのだろうか……。猫が入っているにしては箱が小さく、軽すぎはしないか?


 もしかしたら、猫の声を録音した録音機器が入っているのではないか?

 それであれば箱の小ささ、軽さも納得がいく。


 いや、スマホという線もあるか。

 猫の鳴き声の動画を流し続けている、とか?


 ……何のために?


 そもそも、箱の中には猫が入っていると思わせる意味は?


 このサイズの箱に猫が入れられているとなると子猫だろ。

 可愛そうだと思うが、それだけだ。それで慌てふためくほど博愛主義者ではない。


 考えてみよう。


 果たしてこの箱の中には一体何が入っていて、どんな状態なのだろう。


 果たして、箱の中に猫が居るのか、いないのか。

 猫がいるとすれば簡単だ。鍵を見つけて、最悪箱を壊して助け出してやればいい。

 しかし、箱の中に猫が入っていなかった場合。何故猫が入っていると錯覚させる必要があったのか。それは、箱を開けさせる為以外あり得ない。


 では、箱を開けさせたい理由を考える。


 今の自分の状況を考えると、友好的な可能性は低い。


 最悪箱を開けると毒ガスが溢れ出す可能性もある。

 ……それだと箱の中には猫は入っておらず、やはり音声のみという事にある。


 しかし、殺される程恨みを買った覚えはない。しかも、こんな回りくどい方法で……。


 いや、待て。

 昔、こんな実験の話を聞いた事がある。


 一定確率で毒ガスを放出する装置と一緒に箱に入れられた猫の話だ。

 この箱はそれを模している……?

 

 類似点は多い。

 密閉された箱。中の猫の状態が分からない事。


 確か、『シュレディンガーの猫』。――蓋を開けて観測するまで猫が生きた状態と死んだ状態が重なり合っているとかいう言葉遊びのような量子力学の話だったはずだ。


 もし、この箱が『シュレディンガーの猫』を模しているとしたら、箱の中には猫と五十パーセントの確率で毒ガスを発生される装置が入っているはずだ。


 そうなってくると、無理やり箱を開けることは躊躇われる。

 むやみに箱を揺らせば、毒ガスが発生する確率を上げてしまう事になりかねないからだ。


 私が下手な事をしなければ、猫が生きている可能性は五十パーセントもある。

 反対に、私が毒ガスが発生する装置を起動してしまう確率は分からない。どのような装置が箱の中に入っているのか分からないためだ。




 

 箱を開けるべきか、開けないべきか。


 私は閉じられた部屋の中で、猫と毒ガスが入っていると思われる箱を目の前に置きながら考え続けた。



 ここでふと疑問が頭を過った。


 部屋の外にいる人たちにとって、今の私はどういう状態なのだろう?


 こうしている私は、果たして今生きているのか、死んでいるのか?

 その二つの状態が折り重なった、正に『シュレディンガーの猫』ではないのだろうか。

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シュレディンガーの…… 菅原 高知 @inging20230930

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