箱族

沢田和早

箱族

 辺境地には一風変わった種族が住んでいた。

 命を授かった時、彼らは箱を抱いてこの世へ生まれてくる。

 その箱は必ず一人に一つ。双子なら二つの箱、三つ子なら三つの箱が同時に産み落とされる。


 箱の形態は様々だ。大きさ、色、材質、形、それらは産み落とされる赤子同様、一つとして同じものはない。たとえ双子であっても箱は違った形態を持っていた。

 多くの場合、赤子は箱の特徴に因んで名付けられる。桜色の箱なら桜子。角ばった箱なら角夫。大きな木製の箱なら大樹といった具合だ。


 自分と一緒に産み落とされた箱は彼らの一番の宝物だった。どこへ行く時も何をする時も肌身離さず大切にした。必ず箱を持ち歩く種族、彼らが箱族と呼ばれる由縁である。

 ただし幼子に関しては例外もある。年端もいかない子に箱の管理などできるはずもない。玩具のように扱って壊したり捨てたり失くしたりしては一大事だ。

 そこで生まれ落ちた箱は一時的に赤子の親、もしくはその親族が預かる。そしてもう任せても大丈夫だと判断できた時に返すのだ。

 箱返還の儀式は彼らにとっては人生最大のイベントと言える。その日を境に酒や煙草などの嗜好品だけでなく結婚も許されるからだ。自分の箱の管理が認められることは一人前の成人と認められることと同義なのだ。


 どうして彼らはこれほど箱を大切にするのか、その理由は簡単だ。たまばこ――かれらは箱をそう呼んだ――の中には彼らの魂が入っているからだ。

 箱の蓋を開けられたり、穴を開けられたり、木っ端微塵に破壊されたりすると入っていた魂は箱から抜け出して昇天する。と同時にその箱の持ち主も絶命する。

 逆に病気や怪我で肉体から命が失われた時には、速やかに箱の蓋を開け、封じられている魂を箱の外へ出さなくてはならない。そうしなければいつまでも死後の安らぎを得ることができないからだ。

 しかも死者の魂を長期間箱に閉じ込めておくと大いなる災いが降りかかるという言い伝えまである。箱の管理を任せることは箱族全員の命を任せることでもあるのだ。


「おめでとう浮空うく。これでようやく一人前だな」

「うん、今までの苦労を忘れずに頑張るよ」


 周囲から祝福されている男の名は浮空。彼の箱は蓋が少し浮いているのでそう名付けられた。今年で二十二歳。今日、ようやく親族から箱管理の許可が出た。

 箱返還儀式の平均年齢は十二歳。早ければ六歳で箱管理を任される者もいるのだから二十二歳での箱返還は相当遅いと言わざるを得ない。

 これほど待たされたのは浮空の性格によるものだ。あまりにも優柔不断で何一つ自分で決められずいつまでも迷い続けてしまう。朝、どの服を着るか、夕食のおかずを何から食べるか、どの本から読むか、どの宿題から始めるか、そんなことまで自分で決められず他人に決めてもらう。自分の意見がまるでないのだ。


「いつまでそんな浮ついた生き方を続けるつもりだ。他人に流されてばかりで自分の人生と言えるのか。このままでは一生おまえに魂手箱は渡せぬぞ」

「わかりました。努力します」


 父から叱責を受けた浮空は一計を案じた。サイコロを使うことにしたのだ。何かを決める時はこっそりサイコロを振る。その目に従って選択をする。結果はともかく傍目には自分で決断しているように見えるので、頑固だった父の態度も少しずつ軟化し、今日、ようやく箱返還の儀式を執り行うことになったのだ。


「それにしても魂手箱返還と同時に結婚とは。浮空にしては素早い決断じゃないか」

「いままでのボクとは違うんだよ」


 と答えてはいるが、これもサイコロの目に従っただけだ。


「今日からよろしくお願いします」


 相手の女性は桃子。彼女の箱は二つの楕円形が結合して桃のような形をしているのでそう名付けられた。


「こちらこそよろしく。明るい家庭を作ろうね」

「あの、魂手箱交換はどうしますか」


 桃子は自分の箱を差し出しながら尋ねた。結婚した時、互いの箱を交換し合う夫婦が少なからずいる。それだけ相手を信頼しているという証でもある。


「もちろん交換するよ」


 浮空は即答した。言うまでもなくサイコロで決めたのだ。二人は自分の箱を相手に預けた。文字通り自分の命を相手に預けるのだ。


「かわいい女の子です」


 二年後、二人に子ができた。一緒に産み落とされた箱が玉のように丸かったので玉子と名付けられた。玉子の箱は浮空が管理することになった。サイコロがそう決めたからだ。

 親子三人幸せな日々が続いた。玉子は普通に成長し十二歳で箱返還の儀式を行った。このまま成長し、結婚し、孫が産まれ、楽しい老後を過ごそう、そんな未来を夢見ていた浮空一家を悲劇が襲った。夏の家族旅行に出掛けた際、乗っていた馬車が崖から転落し桃子と玉子が命を失ったのだ。


「ああ、どうしてボクの命も無くならなかったんだよう」


 一人残された浮空は嘆き悲しんだ。しかしいつまでも嘆いてはいられない。残された遺族には大切な役目がある。肉体が活動を停止した場合は速やかに箱の蓋を開けて中の魂を解放しなければならない。だが浮空はしなかった。サイコロの目が蓋を開けるなと命じたからだ。


「浮空、いい加減に魂手箱を開けろ。そうしなければ二人はいつまでもあの世へ行けずこの世を彷徨い続けるんだぞ」

「うん、わかってる。もう少し待って」


 そう答えながら浮空は箱の蓋を開けようとしなかった。何度サイコロを振っても蓋を開けない目しか出ないからだ。


「浮空、知らぬわけではあるまい。主のいなくなった魂を長期間魂手箱の中に閉じ込めておくと大変な災いが起きることを。早く魂手箱を開けろ」

「うん、わかってる、もう少し待って」


 そう答えながらやはり開けようとしない浮空。もはや自分の頭で正否を判断することさえできなくなっていた。

 古くからの言い伝えは本当だった。二人の死からちょうど一年目にその災いは起きた。箱族の土地に無数の箱が降ってきたのだ。箱は家を壊し、樹木をなぎ倒し、川の流れを変え、生物に大怪我を負わせた。そして最後に降ってきた巨大な箱が大爆発すると箱族の土地は更地になり、箱族は一人残らず絶命した。ただ彼らの魂の入った箱だけは一つも壊れることなく空中へ吹き飛ばされ、世界の各地に散らばった。


 現在、ダンジョンのボス部屋や、深い森の奥、深海の底などで箱族の箱が見つかることがある。非常にレアなアイテムではあるがその価値は低い。売ってもたいした金額にならないし、開けても中に入っていた魂が抜け出るだけだからだ。ただ、その時に、


「やれやれこれでやっとあの世に行ける。ありがとよ」


 みたいな感謝の言葉が聞けるので、気分としては悪くない。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱族 沢田和早 @123456789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ