二人のエクストラステージ
午前四時くらいまで眠れなかった。
まあ、なんというか、平たく言えば体調不良で、ベッドの中で悶々としていた。
そんな眠れない夜にふと蘇ってきた記憶を書き連ねていく。
もう正確に何年くらい前だったかまでは思い出せないけれど、小学生の途中まで、アーケードゲームにはまっていた。休日は、地元のイオン(昔はジャスコ呼びだったなあ)や母方の実家近くにあるピアゴ(昔はユニー呼びだったなあ)のゲームセンターに連れていってもらって、祖父母がフードコートで休んでいる間ずっとゲーム機の前に張り付いていた。はまっていたと言っても、何か一つのゲームに凝っていたわけではなくて、ポケモンバトリオからオレカバトル、ドラゴンボールヒーローズまで幅広くプレイしていた。始まりはポケモンバトリオだったか、あるいは仮面ライダーが出てくるガンバライドだったと思う。眠れない夜に思い出したのは、ガンバライドのことだった。
確か、母方の実家近くにあるピアゴがまだユニーと呼ばれていたころだった。当時の自分は小学校低学年、記憶違いでもせいぜい十歳には満たなかったはずだけれど、まあその日もいつも通り祖母に店まで連れていってもらって、いつも通りガンバライドをプレイしていた。どんな仮面ライダーのカードを持っていたかはあんまり覚えていないけれど、ゼロノスってライダーのスーパーレアと、初めて手に入れたレジェンドレアのBLACK RXのカードを愛用していた(手に入った時はすごく嬉しくて、そんな嬉しがっている自分を見て父親も笑っていたような気がするけれど、このレジェンドレアは後に紛失してしまったはず)。このとき、上記二枚のカードを持っていたかは定かじゃない。とにかくガンバライドをプレイしていた。
で、本題。ガンバライドにはエクストラステージっていうのがあって、通常の戦闘を終えると、稀にすごく強い敵が出現してもう一戦できるようになっていた(今調べたらハイパーエクストラステージもあるらしい、このとき出現したのがどっちなのかは忘れてしまった)。記憶上、エクストラステージで勝てた覚えはない。その日も何回目かのプレイで、エクストラステージが出現した。敵はキックホッパーとパンチホッパーの二人だった。小さいころの自分は、この強すぎる敵があまり好きじゃなかった。勝てた試しがないのもそうだし、そもそもこの手のアーケードゲームで一番楽しいのは最初か最後にカードが出てくる瞬間であって、その前後のバトルモードはほとんどの子供にとっておまけみたいなものなのだ。エクストラステージの表示を前に自分が何を思ったかまでは流石に覚えていないけれど、多分しぶしぶ画面に向き合っていたんじゃないだろうか。そんな時、横の台でプレイしていた男の人が声をかけてきた。どんな人だったか、正確に思い出すのは難しい。男の人で、典型的なオタクおじさんだった気がするし、当時の自分の年齢感を思うとおじさんに見えて案外お兄さんと呼べる歳だったのかもしれない。まあ少なくとも仮面ライダーオタクではあったんだろう。その人の見た目が、古き良きオタク像にぴったり一致していたことだけは覚えている。
どういうやり取りでそうなったか、これもまた覚えていないけれど、とにかくその男の人はエクストラステージの攻略を手伝ってくれた。手伝ってくれたと言っても、ゲームシステム的に考えればせいぜいボタンの連打を手伝ってくれたくらいのことだろうけど、とにかく肩を並べて筐体に向き合ったのを記憶している。まだ小学生の子供と、良い年をした成年男性。傍から見れば異質な組み合わせだったかもしれない。
キックホッパーたちに勝てたかどうか、肝心なところも覚えていない。けれど戦闘が終わったあとに、その男の人は「久しぶりにエクストラステージを見て、手伝いたくなった。良いもの見させてもらった」という趣旨のことを言っていた。いま思えば子供相手になんてクサい台詞だろうと思うのだけれど、でもそのいかにもオタクらしい不器用な好意、同じゲームをプレイしている子供への連帯感が、あの時代への郷愁をより強くさせる。
ユニーからピアゴへの改装にあたって、最上階にあったゲームセンターとフードコートは見る影もなくなってしまった。あの男の人はどうしているだろうか。もう十年以上前の出来事だから、もしかしたら仮面ライダー熱はすっかり冷めてしまって、夢も希望もない子供部屋おじさんに成り果てているのかもしれない。あるいは社会に出て結婚して、息子や娘と一緒にピアゴのゲームセンターにたびたび足を運んでいるのかもしれない。もう一度会ってみたい気もするけれど、もし神様が「あのオタクに会わせてやろう」って言っても、自分はその誘いに乗らない気がする。長い人生の中で、こうして一瞬だけすれ違った人たちのことは、十年後、二十年後、また眠れない夜にふと思い出すくらいでちょうどいいのだと思う。そうして相手の人生に束の間思いを馳せて、思い出したということさえすぐに忘れていく。
まあ一つだけ希望があるとすれば、十年二十年の周期でいいから、向こうも自分のことをふと思い出してくれたらいいなと思う。そういう誰にも知られることのない、本人だけのささやかな懐古が、長く孤独な人生の支えになって、この世界をほんの少しだけ美しいものだと錯覚させてくれるから。
この夜を覚えている 熊猫ルフォン @pankumaneko
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