クリスマスの残り香

蠱毒 暦

7月25日

連絡を聞きつけ、アタシは我が同志…やまねの家の前まで来るとドアが開いて見知った2人が出てきた。


「お、花形部長…違うか。もう卒業したから、今は部長じゃなかったな。」

「いやいや。私達にとっては今でも先輩閣下であり、演劇部の部長でしょ?」


2人が元気そうにアタシに声をかけてきた…だがそれはアタシに気を遣っているだけだと知っていた。


「痩せ我慢は大いに結構だが…無理をするなよ我が臣下達。状況は既に聞いている…楓殿が行方不明になったんだろう?」

「「……」」


(この態度…あの話は本当の事だったか。)


山崎は拳を強く握り、谷口は沈黙した。


「同志とは…話をしたのか?」

「…やまねちゃんは、」

「今日はやめとけ…花形部長。」

「…クク、問題ない。このアタシが出向くのだからな。」


ドアを開けようとすると、山崎に腕を強く掴まれた。


「…泣いてたんだぞ……あのやまねが。これ以上無理させるのはよくねえ…だから今日の所は帰るぞ。」


(ちょっ!?腕が痛い…へ、へし折られるっ!?)


「フハ…このアタシに逆らうのか?これは既に決定事項だ。下がれ、我が精鋭…聖亜よ。」


内心とは裏腹に強気に山崎にそう言い放った。


「…チッ、ドアからさっさと手を離せ。じゃなきゃその腕、2度と使えなくなるぜ………これはマジだぞ?部長。」

「クク…ではさっさとやりたまえよ…そんな対価で同志に会えるのなら、一向に構わない。」


(ああ、終わった…隻腕生活、始まっちゃうのかぁ…いや逆に考えるんだ。それはそれでカッコいいのではと!?)


山崎は花形の腕をより強く握りあげられ、マジで隻腕生活が始まるかと思ったが…それを谷口が許す訳がなかった。


「…キャアアアアァァーー!?!?女性を謎の高校生が襲おうとしてまぁぁぁぁす!!!!!」

「っ、何言ってんだお前!!あっ、おい逃げんなよ!!」


アタシから手を離し、そのまま谷口を追いかけていった。


(…た、助かったぁ。)


「ククク流石だ。この恩は…いずれ返すとしよう。」


そう呟きながら、アタシはやまねの家に入って行った。


……


…気がついたらアタシは全速力で走っていた。

慣れない事をした所為なのか…何度も転び、所々に掠り傷ができていた。


ーー以下、回想。


別に我が同志…やまねと揉めたとかではない。むしろこちらが気を遣われた。


目元が少し赤かったが、いつも通りに振る舞おうと、アタシを心配させないように頑張っていた。


「そういえば…先輩、前見たよりも髪質が良くなりましたよね。」

「フハハ!そう見えるか?…元々興味はあったのだが面倒……失敬。我が同志のヘアブラシのお陰で、その一歩を踏み出せたのだ。感謝するぞ?」

「…去年の僕からの誕生日プレゼント…今でも使ってるんですね……何だか嬉しいです。」

「使いやすくて中々重宝している…無論、アタシの使い方が天才的だからこそ出来る芸当だが。それにしてもプレゼントか…まるで昨日のように鮮明に思い出せ……っ!?」

「…先輩?」

「一つ、教えて欲しい…あの事件に巻き込まれたのは…同志の誕生日の日か?」

「……、……?そう言ってた…気がします。」

「…っ。そう、か。言いたくない事を言わせてしまい…すまなかった……我が同志。アタシはこれからするべき事が出来た故、家に戻るとしよう。」

「えっ、もう帰るんですか?」

「フッ…実は大学の課題が終わってないのだ。」

「せ、先輩!?…それは早く終わらせないと、ダメですよ…夏休み終わっちゃいますよ!」

「同志に駄目出しされるとは…ククク。ではまた会おう…アタシに出来る事があれば、何でも言ってくれたまえ!」


そう言ってアタシはやまねの家を飛び出した。


ーーー回想終了。


「…はぁ、確か…机の引き出しに……」


怪我の手当てもせずに部屋に戻り、机の引き出しを開けると、目的の物…鉛色の箱があった。


(楓殿の…プレゼント……まさかな。)


ーー『パスワードは、私が死ぬ日。』


半信半疑で箱のダイヤルをやまねの誕生日である7月23日…0723に合わせる。


カチッと、小さく音が鳴り…錠が解かれた。


「……」


(開けるのは正直、怖い…けど。)


「何かしらの手がかりがある筈。」


たったの2回…いや、1回しか会った事はなかったけど、何故かそう確信していた。


勇気を出して箱を開けると、そこには……


「…何これ?丁寧に折り畳まれてるけど…紙かな。それと…鍵?」


軽く紙を広げてみると、鍵穴が書かれていた。


「……これ、大丈夫な奴なのかな?」


——下らない。心配なんて、人生における時間の無駄使いに他ならない。


(同志の為なんだ…尻込みしている場合じゃない。)


——格好つけなくてはな。


覚悟を決める。そして鍵を持って、紙に書かれた鍵穴に差し込んだ。


その瞬間、世界がぐにゃりと歪んで……


……



「久しぶりですね。花形さん。」

「…っ!?」


砂の感触でアタシは目を開けて、反射的に起き上がった。


「ここは…」

「どうやら深淵の『呪殺砂塵城』らしいです…そう言ってましたから。」


アタシは辺りを見渡してからボロボロの灰色の外套を着ている白髪の女性…楓に言う。


「城なんて、どこにもないんだが…一面砂だらけだぞ?それにしてもここは、暑くも寒くもない…不思議な場所だな。」

「…?さっきまであったのですが……砂になったようです。」

「…ククク。楓殿が見た幻覚だったのかもしれんな…フッ。改めてだが、やはり生きていたか…流石、アタシが認めただけの事はある。」

「ありがとうございます…と言えばいいのでしょうか?それに私はもう死んでますよ。気がついたらこの場所にいたのです。」

「…ククッ!面白い冗談だが…ハッ、笑えんな……三流以下だ。」

「……。」


楓は少し心配そうにアタシを見てきた。


「…あの、花形さん。どうやらこの場所にいると、人や形ある物は一瞬で砂のように散るらしいのですが…」


(…はっ、え?嘘、嘘だよね!?)


「っ。…フッ。このアタシを誰と心得る。世界を統括するべき存在ぞ?」

「私もこうして存在している以上、あの人の話はやはり…嘘だったのでしょうね。」

「…同感だ。そんな現象が現実において起こせる訳がない…このアタシを除いてな。」


自分の服や持っている物を何度も見ながらそう言った。


「これは……そうですか。仕掛けを解いたのですね。」

「フフ…余裕だった。つかぬ事を聞くが楓殿。アタシ…いや、アタシ達はどうやってこの砂漠みたいな場所から出るのだ?」

「…それを貸して下さい。」

「それとは…紙か鍵か…どっちのことを言っている?」

「…箱ですが?」


アタシは硬直した。


(箱いるの!?アタシの部屋に置きっぱだ…ど、どうしよう。)


「…持ってきて、ないんですか?紙の裏に説明を書いておいたと思ったのですが……」

「フハハ!!そんな訳が………ククク。」


書いてあった。教科書みたいな綺麗な字でそれはもう懇切丁寧に。アタシは思わず、土下座をした。


「申し訳ない!!勢いでやってしまったから、ちゃんと見てなかった。許せとは言わない。これはアタシの…判断ミスだ。」

「……顔を上げて下さい。花形さん。」


アタシは言われた通りに顔を上げると、楓の頬が真っ赤に染まっていた。


「…な、なら。別の手段を…使い、ます。」

「別の手段があるのか…なら、それを先に言いたまえよ。フハハ!アタシに出来る事ならば何でもしよう。」

「…まず、立って…下さい。」


アタシは立ち上がった。


「…それで?」

「私の…を…その、…花形さんに、あっ、だから。」


段々と歯切れが悪くなっていく。アタシは紙に書かれた説明を黙読し、そして理解した。


「…そういう事か。さっきの話は本当、だったのだな…フフ。いいぞ…楓殿。やってくれ。」

「……っ花形さん!?」

「我が同志…やまねに会いたいのだろう?なら、やりたまえ…何を恥ずかしがる事がある?楓殿らしくないな。」

「ぁ、えと、そのぅ…」

「元々は箱を忘れたアタシが悪いのだ。その代わりを務められるのなら…本望だ。それともこう言った方がいいか?同志…やまねへの愛はそんな程度で止まるような軽い気持ちだったのか?」

「…っ。」


楓の体が段々と透明になっていきながら、決心した表情でアタシを見る。


「…もう時間もありません……その挑発、受けて立ちましょう。」

「フッ、楓殿はそっちの方が似合うな。」

「…目を、閉じてて下さい。」


アタシは目を閉じた。唇に柔らかい感触がしたと思ったら、そのまま…意識が途切れた。



——ありがとうございます。そんな声が聞こえた気がして、アタシの意識は覚醒した。


「…ここ、は……同志の…」

「っ……せ…先、輩?」


(よし状況を…整理しよう。)


襖から月光が差し込んでいる中、布団の上でアタシがやまねを押し倒している。


——んん?アタシは確か、部屋にいた気が…。


(記憶が朧げで全く分からない。けど、これだけは…分かる。)


……マズイ奴だ。コレ。


「…電話で駆けつけたぜ!クソ親父が鍵持ってたお陰で楽に……は?」

「……おやおやぁ〜部長陛下…やまねちゃんにナニしようとしてるのかな?」

「っ、配下達よ聞いてくれ…!アタシは部屋にいたのだが、気がついたらこうなっていたんだ!頼む、信じてくれ!!」

「やまねちゃん、何があったのか聞いてもいいかい?」

「…お風呂から出て、髪を乾かしてたら…その先輩が何処からか現れて…それで、追われて…僕の部屋まで追い詰められて…押し倒されてそのまま……えっと。」

「最後まで言ってごらん。別に怒らないからさ。」


やまねが恥ずかしそうに、ボソッと呟くように言った。


「キス…されちゃった。」

「同志!?まっ待ってくれ!!アタシはそんな事をした憶えは…」


2人は顔を見合わせた。


「おい谷口…判定は?」

「私は基本的に部長陛下の味方だけど…うん。これは有罪かな……ぶちかましていいよ。」

「よし任せろ…慈悲だ。部長の事も考えて、傷が残らない程度に……殺してやるよ。」


(それちょっと矛盾してない!?)


アタシは起き上がり、山崎を睨んで不敵に笑った。


「ククク…面白い。我が精鋭がこのアタシに勝てるかな?フハハ…余興だ。精々楽しませろよ…今夜は月光の舞踏を共に…ぐっ!!」

「…ハッ、舞踏だあ?いいぜ踊ってやるよ…部長の断末魔を聴きながらな。」


山崎に蹴り飛ばされ、強制的に話を中断させられた。


「いいぞーやっちまえ!山崎君…グハッ!?」

「お前の所為で今日は散々な目にあったしな。同罪だ…ついでに、ここでくたばっとけ。」

「っ…裏切り者!…やまねちゃん助けてぇ!!」


やまねは谷口を冷たい目で、棚から本の様な物を取り出して見せた。


「家中探している時に…姉さんの部屋にあったんだけど…これ、谷口くんのだよね?」

「「はっ、これは…『佐藤やまねの隠し撮りコレクション3』っ!?!?」」

「谷口の奴はともかく、おい部長…まさか。」

「違うっ!クリスマスのプレゼントであの猿どもから貰ったのだ。でも、それは我が拠点でちゃんと保管してあった気が……」

「ほらここ。本の裏に丁寧な字で谷口くんの名前が書いてあるよ?」

「ファッ!?…マジだ。えーっと…あのさ、真面目に身に覚えが全くないんだけど…」

「ほら見たまえ!これはアタシとは関係、」

「あるだろ。っ、さては首謀者だな…!」

「大アリでしょ。私と部長閣下は…言ってしまえば、共犯者の様な関係性を築いてるからね。さあ、共に脅威に立ち向かおうか♪」


(まずい…に、逃げなくちゃ。)


「…フフ、それもまた一興か。」


やまねの隣に山崎が並んだ。


「協力するぜ…俺は部長を殺る。」

「ありがとう聖亜くん。谷口くんは…僕に任せて。」


山崎は笑い、やまねは頬を少し赤らめつつも無表情で即座に二人に襲いかかる。その寸前、谷口にアイコンタクトを送った。


(どう乗り切る?)

(まあ、逃げるっきゃないよね。)

(…逃げれなかったら?)

(私達の人生が終わるだけだよ。)

(クク…そうだな。では、命がけの撤退戦を始めるとしようか!)

(部長閣下の御心のままに。ではご武運を…ってね☆)


こうして命がけの激闘が始まって…日が登るまで、戦いは続いた。


……



見事、朝帰りを果たしたアタシは案の定、両親に叱られた。


(ね、眠い。)


ふらふらとした足取りで、自分の部屋に入って…ベットに横になる。


「っ、寝れない…か。」


体中が痛む所為で、全く寝れなかったアタシは体を起こし、視線の先にある物を観察する。


「楓殿のプレゼント…引き出しに仕舞ってた筈なんだけど…」


立ち上がり、鉛色の箱を手にとった。


「…ん、錠が外れているな。だが、中身は空っぽ……何処かで落としてしまったか?」


朦朧とする頭で思考しながら、引き出しの中に仕舞ってから、ベットに飛び込んだ。


「…痛っ。」


(睡眠は大事だ…今日は意地でも寝て、起きたら大学の課題を終わらせよう。)


そう思いながらアタシは、電気をつけたまま気絶するように眠りに落ちていった。



——白き空間にて。


「そういえば、あいつの家になかったなぁ…あの箱……割と欲しかったんだけど。」


1人、黒い軍服を着た男は気だるげに椅子に座りながらそう呟いた。


「曰く…あの箱はどんな衝撃を与えても、絶対に壊れず、『神またはそれに属する者』のみ破壊する事が出来る。」


「曰く…色は鉛色である。」


「曰く…箱に触る事で魂を『保管』出来る。」


「曰く…箱を扱えるのは『世界に認められた存在』のみに限定され、それ以外の者は見る事も触る事もできない。」


「曰く…その箱を知る者はそれを『理想筺体ユートピア』と呼ぶ。」


誰かがこの場所にやってくる気配がする。


「…『破戒者』は最近、異世界『プッタン』の探索中に『超越者』の1人にやられちゃったし…まずは人員を補充しなきゃ…か。」


言い終わるのとほぼ同時に、2人の人物が現れる。


「2人は珍しいな…行方知れずの『患者』達以来かな?…まあ、座ってくれ。」


(でも…あの世界にあるのは確実だし、機会があれば必ず手に入れておくとしよう。あれは私の計画に…必要不可欠な物だからね。)


思考を切り替えて…大男と少女を見据えながら、いつもの様に説明を始めたのだった。


                  了

































































































































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