第13話 この人を師匠と呼ぼう

「目覚めたか、少年。その綺麗な寝顔をずっと見ていてもよかったのだが、一国の王子をお持ち帰りするのは、さすがの私でも気が咎める。葛藤している間に目を開けてくれて助かった」


「……服がボロボロだ。思いっきりあちこち攻撃してくれたね。ありがとう。子供相手だからって適当にあしらわずボコボコにしてくれて。フェイラさんって優しい人なんだね」


「美少年にはいくらでも優しくできるぞ。特に強い美少年は好きだ。そして見ろ。君は私に一太刀浴びせたんだ。大いに自慢したまえ」


 そう言ってフェイラさんはコートの袖口を見せてきた。確かに鋭利な刃物で斬ったあとがある。


「気絶したのと引き換えにそれだけか……とても自慢できないよ。どう負けたのかさえ思い出せない。ボクはフェイラさんに本気を出させて、その余裕の笑みを剥ぎ取りたかったのに」


「少年は贅沢だな。悔しいか?」


「悔しい。でも嬉しい。自分より強い人がいるのって、こんなにも安心できるんだ。フェイラさん。また戦ってくれる? またボコボコにしてくれる?」


「君の成長を観察させてくれるのか。それはもう喜んで」


 ああ、嬉しいな。この人に勝つって目標ができた。

 今日の自分より明日の自分というのもいいけれど。やっぱり勝負事は他人が相手のほうがいい。

 剣術も魔法も全てを駆使して、フェイラ・アークブレイズという魔法師を超えてやろう。


「師匠って呼んでもいいですか?」


「師匠か。美少年にお姉ちゃんと呼ばれてみたいのだが」


「今日の話は全てなかったことに」


「……師匠と呼びたまえ」


「ありがとうございます、師匠」


「少年の小鳥のような声なら、どんな呼び方でも耳が心地いいな。ところで少年。君の回復魔法が凄いというのは聞いていた。が、欠損した四肢がすぐさま生えるなど、想像を超えている。私の記憶違いでなければ、剣聖ジェイクは魔法を全く使わなかったはずだ」


「うん。生まれ変わってから覚えたんだ」


「ジェイクが剣の天才だったように、少年は魔法の天才なのかな? 回復魔法のほかに得意な魔法はあるか? 戦闘に役立たないものでもいい」


「そうだなぁ。最近思いついたので、こういうのがあるよ」


 ボクは地面に魔力を流す。

 すると草が急激に生長して、太い茎になって絡まり合い、二つの椅子を形作った。


「な、なんだこれ!」


 ずっと冷静だった師匠が、目を見開いて驚いた。


「回復魔法を応用して、植物を急成長させる魔法だよ。色々なものを作れる。大きいのだと家とか。こんな感じ」


 見栄を張って家って言っちゃったけど、実際は小屋。

 それでも雨風をしのげるので、野宿よりはずっとマシだ。


「私もやってみよう……これで……どうだ! 二階建ての家だ!」


「凄い! でも階段がないよ」


「くっ、作り忘れた!」


 それからボクと師匠は草の家を増築したり、家具を作ったりして遊びまくった。


「見ろ、レント。天蓋付きのベッドを作ったぞ。格好いいだろう。しかもフカフカだぞ」


 師匠はいつの間にかボクを名前で呼んでくれるようになった。嬉しい。


「本当だ、すっごいフカフカしてる! このまま寝ちゃいたいくらいだよ」


「ちょっと昼寝するか」


「うん!」


 ボクと師匠は並んで寝っ転がる。

 むぎゅーっと抱きしめられた。


「うーん、レントは魔法だけでなく、抱き枕の天才でもあるんだな。素晴らしい抱き心地だ。美少年を抱きしめて昼寝する。こんな幸せなことがあろうか」


「あはは。ボクも師匠みたいな美人に抱きしめられて幸せだよ」


「若いくせに言うじゃないか。前世でとった杵柄か? この、この」


 師匠は脇腹をくすぐってきた。ボクはくすぐったくて身をよじる。


「なんでこんなところに家があるんだ……って、レントがエルフの美人とベッドでなんかえっちなことしてるぅ!?」


 フレデリック兄様の赤くなった顔が窓の外にあった。


「兄様。誤解だよ。ただ寝転がっているだけだよ」


「くそっ、羨ましいぃっ! 父上と母上に言いつけてやるぅぅぅぅ!」


 なんか今までで一番悔しそうに叫びながら走り去っていく。

 兄様も男だなぁ。


「困ったぞ……ねえ師匠、誤解を解くために一緒に来て……あれ、師匠? どうして窓から外に出て、そして全力で走っていくの!?」


「すまないレント! お宅のお子さんとえっちなことをしていませんと弁明するのは恥ずかしいのでな! あとは任せた!」


「ええ……人を抱き枕にするだけして責任はとらないとか、駄目なエルフだぁ……」


 その後。

 事情を説明すると父上と母上は分かってくれた。

 だけどエルシーは、自分がいないところでボクがほかの女と添い寝したのが許しがたいらしく、ずっと目をつり上げている。

 そして夜、ネグリジェ姿でボクのベッドに潜り込んできた。


「レント様を抱き枕にして寝る。素晴らしい発想です。そのフェイラという人は未遂で終わったようですが、うかうかしていると先を越されてしまいます。私は朝までレント様を抱っこします。よろしいですね!」


 今夜のエルシーには、有無を言わせない迫力があった。


「よろしいよ……」


 逆らう気も起きない。

 でもエルシーの行いに異議を唱える者がいた。


「ちょっと待ちなさい、エルシー。自分だけ盛り上がってズルいわ。レントを一番ガッチリとホールドするのはあなたに譲るけど、私にも抱きしめて寝る権利があるはずよ」


「フロストリア様……仕方ありませんね。私とあなたは『レント様を愛でる会』の会長と副会長。本当は独占したいですが、お裾分けいたしましょう」


 なんだ、そのボクを愛でる会って。

 会長と副会長っていつ決まったの?

 疑問だらけだけど、フロストリアは納得した顔で布団に潜り込んできた。

 どうやら二人の間では、話がまとまっているらしい。

 まあ、ボクが抱き枕になるだけで二人が幸せになるならいいけどね。

 左右を美女に挟まれるのは悪い気はしないし。

 うーむ。ボクもだんだんえっちになってきたかも……。

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病弱王子の前世は剣聖です。生き延びるため回復魔法を極めたら最強の魔剣士になった 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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