第12話 凄く強いお姉さんが現れた

 エルシーが倒したカニは、町まで運んで売り飛ばした。ボスと呼ばれるだけあって倒せる者は少ないので、結構な値段になった。

 ボクたちは大満足で王宮に帰る。


 戦ったり修行してばかりだと疲労がたまっていくので、たまには休むことにして、庭でダラダラする。

 そこに宮廷魔法長官がやってきた。


「レント様。貸した本は読みましたかな? やはり自力で読破は難しいですかな?」


「一通り覚えたつもりだけど。他人の評価が欲しいから丁度よかった」


 いくつかの属性変換をやってみせる。

 それから右手から水、左手から炎という二重属性魔法を使う。続いて右手から風、左手から雷を披露。


「どうかな?」


「ぴゃぁぁぁっ! 天才じゃぁぁぁっ!」


 長官は王宮中に聞こえそうな大声で驚いた。


 その数日後。

 王宮の敷地内にある雑木林で座禅を組んで瞑想していたら、突然、遠くから敵意をぶつけられた。

 ……いや、これは偽物の敵意だ。実際に攻撃するつもりはない。ボクを試してるんだ。

 なので反対に友好の意を叩き返してやる。


「私の敵意を受ければ熟練の戦士でも慌てるものだが。まさか、こうも綺麗にかわされるとはな。剣聖の生まれ変わりというのは、どうやら本当らしい」


 そう言いながらボクの前に立ったのは、二十歳くらいに見える女性だった。オレンジ色の髪が眩しい。

 片眼鏡を付けていて理知的な雰囲気を纏っている。

 着ているコートの質もよく、落ち着いた印象。

 顔立ちは若いけど、実際は三十近いか、もっと上かもしれない。

 というより確実に上だろう。

 だってオレンジ色の髪から伸びる耳は、人間ではあり得ないほどピンと伸びていた。


「前世を含めても、エルフを見たのは初めてだ」


「だろうな。エルフは寿命が長い代わりに出生率が低い。別に隠れて暮らしているわけではないが、大抵の人間は私たちを見ることなく寿命を迎えるだろう」


「その珍しいエルフさんが、ボクになんの用?」


 ボクは座禅を解き、立ち上がる。

 にしても背が高いエルフだな。

 成人男性の平均くらいありそう。


「用というほどではない。剣聖の記憶を引き継ぎ、魔法の天才で、かつ外神を一人で倒して精霊と契約した美少年がいると弟子から聞いてな。一目見ておこうと立ち寄ったのだ」


「弟子?」


「この国で宮廷魔法長官とかいう役職についている坊やだ。もっとも、愛らしい坊やだったのは何十年も前で、今はシワシワのジジイだが」


「へえ。長官の師匠なんですか」


「名乗るのを忘れていたな。私はフェイラ・アークブレイズだ。三百年前は剣聖ジェイクとどちらが強いかと、周りが勝手に議論していたものだ。この私が人間如きと比べられるのは腹立たしいので、白黒つけてやろうと思った矢先にジェイクが死に、肩すかしを受けたのを思い出した。まさか今更、その生まれ変わりが出てくるとはな」


 フェイラ・アークブレイズ。

 知っている。

 ジェイクも同じように、いつかフェイラに会えたら自分のほうが強いと証明したがっていた。

 そして寝たきりだったボクの耳にも、フェイラの新しい武勇が届いていた。


 暗黒大陸に単身で乗り込み、魔族の宝を盗んできたとか。

 空の彼方から落ちてきた巨大な石の軌道をそらして、都市が壊滅するのを防いだとか。

 莫大な賞金を懸けられた盗賊団を殲滅し、もらった賞金を一晩でカジノで使い切って逆に借金を作ったとか。


 どこまで本当なのか、ずっと興味があった。

 本人が目の前にいる。せっかくなので聞いてみよう。


「お前が聞いた噂は全て本当だよ、少年」


「そうなんだ! 凄いなぁ……それじゃあボクが前世の経験と、今世で得た魔法知識を組み合わせて本気を出しても、まるで勝てないってことだね?」


「試してみたいなら、四の五の言わずにかかってくるがいい」


 フェイラさんは余裕たっぷりに笑った。

 見下されている。けれど、フレデリック兄様みたいに腹が立たない。

 多分、この人は議論の余地なくボクより強くて、そしてボクはそういう人を求めていたからだ。

 そしてボク以上に、ジェイクが求めていた。弱い人々を助け続けるのに疲れていた。なにせ、会う人間全員が自分より弱いのだ。

 強い誰か。導いてくれる誰か。

 ようやく出会えたのかも知れない。


 ボクは「征きます」とさえ言わずに、いきなり斬りかかった。

 前世と遜色のない斬撃だった。なのに片手で防がれた。

 フェイラさんの手のひらを覆っている防御結界の密度が尋常じゃない。

 どういう魔力量なんだ。人はこの域まで到達できるものなのか。いや、人は人でも人間ではなくエルフ。長い寿命で研鑚し続ければこうなるという見本を見せつけられた気分だ。

 逆に、百年も生きない人間風情では、どうしたって長命種には敵わないのか。そんはずはない。人は先人に学ぶ。長命を武器に築いた知識と経験を、パクってパクって自分のものにしてやる。

 そのためにはまずフェイラさんの本気を引き出さないと。それでようやくスタート地点だ。


「フロストリア!」


 精霊の力を刃から解き放つ。

 冷気がフェイラさんの細胞全てを凍り付かせる勢いで吹き荒れた。

 でも、なにも起きない。

 フェイラさんが信じられない速さで魔法を発動させ、熱でこちの冷気を相殺してしまったのだ。


「素晴らしい。想像以上だ。ああ、まずは剣聖ジェイクを褒めておこう。よくぞ人間がここまでの武を身につけたな。そして少年。剣聖の技を受け継いでくれてありがとう。長い人生、こういう楽しみがないと退屈で死んでしまうからな」


 フェイラさんは刃を握りしめ振り回した。

 ボクはとてつもない遠心力に襲われる。

 手を放せばそれから解放されるけど、戦いの最中に武器を手放すなんてリスクが大きすぎる。

 どうすべきか。剣を捨てて魔法だけで戦うという手もある。それじゃ通用する気がしない。でも、どっちみち通用していないのだから――。


「あっ!」


 考えているうちに剣が折れてしまった。

 ボクは吹っ飛ばされる。体を回転させ、足の裏で木の幹に着地。なんとか背中を強打するのを避けた。そして失った刃を魔力で補う。光が柄から伸びて擬似的な刃を形成。そこにフロストリアを憑依させる。

 続いて攻撃魔法を展開。

 水、炎、風、雷の四属性の槍を作って射出。同時にボク自身も木を蹴飛ばしてフェイラさんへ猪突した。

 あまりにも直線的な攻撃だ。少し横に動けば簡単に回避できる。

 でもフェイラさんはきっと真正面から受け止めてくれる。ボクはなぜかそう確信していた。


「甘えん坊め。まあ美少年に甘えられるのは本望だ。迎え撃ってやろう」


 ボクを迎撃するため、無数の魔弾が飛んできた。

 一発一発が重い。

 こっちの防御結界がどんどん削れる。

 足に当たった。膝から下が千切れた。回復魔法で新しく生やす。地面を蹴って更に加速。

 どこが欠損しようと気にせず一直線に。

 痛い。でも痛いのには慣れている。ベッドで毎日のようにこれ以上の激痛を味わっていた。だから無視できる。


 光の刃が届く間合い。

 ここから全身全霊で剣術と魔法とフロストリアをぶつける――。


 と。

 気がついたとき、ボクは空を見上げていた。

 後頭部が柔らかい。

 これは膝枕?

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