第11話 エルシー対カニ

「ふう。ちょっとスッキリした」


「レントって案外、意地の悪い言い方をするのねぇ」


「フレデリック兄様を前にすると、自分でもビックリするくらい嗜虐心が湧いてくるんだよ。泣かせたくなる。ボクっていじめっ子なのかなぁ?」


「レント様はやりかえしているだけでしょう。フレデリック様こそがいじめっ子です。実力不足でなにもできていませんが。ところであのカニ、どうするんです?」


「またハサミを再生する。で、エルシーが一人で倒して。使っていい魔法は身体能力強化だけ。飛び道具とか防御結界はなし。もちろんフロストリアの力も使わずにね」


「要するに剣だけで倒せと……承知しました」


 エルシーは真面目な表情で剣を構える。

 次の瞬間、カニが跳ねるように起き上がり、両腕を振り下ろしてきた。エルシーは辛うじてそれを剣で跳ね返す。

 そう。辛うじて、だ。

 兄様を二度も捉えたのは伊達じゃない。

 千メートル地点のボスと呼ばれるに相応しい速度を持っている。


「カニ歩きなのに追いつけません……っ」


 エルシーは真後ろに回り込まれそうになり、跳躍して距離を取る。

 間髪入れずにカニが追撃を仕掛けてきた。

 今度は左右の腕のタイミングをズラした波状攻撃。

 次々と繰り出されるハサミの振り降ろしを、エルシーは防ぎ続ける。

 最初は辛そうな表情だった。だけど少しずつカニの動きに対応し始め、余裕が生まれてくる。

 いきなりカニが泡を吐いても、落ち着いて回避する。

 地面に落ちた泡は草を腐食させる。そういう毒を含んでいるのだ。


「泡を避けたのは勘かしら?」


「いや。エルシーは元聖女だから、泡に毒魔法が混じっているくらい、一目で見抜いたんだろう。それより、そろそろ決着だ」


 エルシーはただカニの動きに慣れただけじゃない。

 加速を続けているのだ。

 戦術とか読み合いとか以前に、剣を持って動くという行為に、彼女は慣れきっているとは言いがたい。

 剣士として未熟で、だからこそ伸びしろしかない。

 こうして戦いに身を置けば、勝手に成長していく。


 エルシーはハサミを両方とも一薙で斬り落とした。

 武器を失ったカニは、泡を吹きながらカニ歩きで逃げていく。


「逃がしません!」


 そう言い終えたときには間合いがゼロになっていた。

 渾身の振り下ろしが、カニの頭に突き刺さる。そのまま体重をかけて一刀両断。

 カニはカニ味噌をぶちまけながら絶命した。


「お見事! 凄いや、エルシー! ドンドン成長していくから、横で見てて興奮しちゃったよ!」


「私もよ。才能だけならジェイクを超えてるわね」


 ボクとフロストリアの言葉を聞いているのかいないのか、エルシーは自分の剣を見つめたまま動かない。


「私が……今の戦いは私がやったのでしょうか? レント様もフロストリア様も、手を出してません、よね?」


「うん」


「私はなにもしてないわよ」


「では、私一人でやったんですね……その……見ていてどうでした? 格好良かったですか?」


「すっごく格好良かった」


「うっかりエルシーを第一契約者にしたくなるくらいだわ」


「そう、ですか……私は格好良かったですか……えへへ」


 エルシーは子供みたいに可愛く笑った。

 好きだった絵本の主人公みたいに戦えたのが嬉しくてたまらないんだろう。

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