第10話 千メートル地点

 モンスターを倒しながら、洞窟を下り続ける。

 やがて、今までで一番広い空間に出た。

 壁が放っている光が強く、まるで太陽の下にいるみたいだ。けど天井は青色ではなく砂のようなクリーム色。


「森も川も湖も……そして本当に町があります。あの町の中心にある大きな結晶体が千メートル地点なのですか?」


「そう。あそこに行くと深度計が千を示す。結晶体は転送石って呼ばれてる。二千メートルや三千メートルの場所にも同じような転送石があって、触れて念じると、前に触れたことのある転送石のところに瞬間移動できるんだ」


 つまり二千メートル地点に辿り着ければ、千メートル地点まで一気に戻れる。

 探索を中断して地上に出ても、千メートル地点まで行けば、二千メートル地点に戻ることができる。

 必然的に転送石がある場所は、探索の拠点になりやすい。

 ボクたちが見下ろす先には、モンスターの侵入を防ぐための城壁で覆われた町があった。


 門を潜って大通りを進んでいくと、いかにもモンスターとの戦闘を生業にしているような者とすれ違う。けれど、そういう人だけでなく、ごく普通に買い物を楽しむ主婦や、元気に走る子供たちも沢山いた。


「ダンジョンから出ることなく生涯を終える者がいる、というのを肌で感じました。ここには確かに、人々の生活があります」


「凄いよね。あとでモンスター肉を食べに行こう。けど、その前に転送石に触れておく。一度でも触れれば、二千メートル地点から帰還できるからね。今日は行かないけど」


 転送石は直径五十メートルほどの、トゲトゲした紫の物体。

 ジェイクの記憶で見たけど、それより大きい印象だ。

 多分、ジェイクが初めてここに辿り着いたのより、今のボクがずっと小さいからだろう。


 転送石の周りは公園として整備されていて、ベンチで休んでいる人や、屋台で買い物を楽しむ人などがいる。風景画を描いている人もいた。チラリと覗いてみると結晶体の透明感をなかなか上手に表現している。


 一通り散歩してから、名物のモンスター料理を食べに行く。

 ジェイクの記憶は三百年前なので、さすがに行きつけの店は潰れていた。


「ねえ。二人とも。あの店はどうかしら。店構えからして美味しそうよ」


 ずっと姿を消していたフロストリアが出てきて、とある建物を指さした。

 ボクとエルシーは顔を見合わせる。

 初めての町で美味しい店を見つけ出す勘は、ボクたちにはない。

 ジェイクと旅をしまくったフロストリアに任せることにし、その判断は正解だった。


「ああ、美味しかった。この店、また来ましょうね」


 と言って、フロストリアはまた消えてしまう。

 精霊だから普通の食事をする必要がないのに、味を楽しむためだけに出てきたらしい。

 おかげで食費がかさんだ。

 まあ、素敵な店を見つけてくれたから、いいんだけどね。


「さて。せっかく来たんだから、この辺で一番強いモンスターと戦ってみよう。エルシーが一人で倒してみて。それが今日の最後の目標だ」


「分かりました。腕が鳴ります」


 町を出て湖へ。

 そこにメチャクチャ強いカニ型モンスターがいる。

 若い頃のジェイクも倒すのに苦労したっけ。


「ん? あれはもしかして……」


 見覚えのある金髪の少年が湖畔にいた。

 無視したいのに目が合ってしまう。


「ほう、レントとエルシーじゃないか。実に丁度いい。俺がここのボスを倒す姿を見て、格の違いを思い知れ!」


 フレデリック兄様だ。


「兄様。よく一人でこんなところに来られたね」


「当然だ。俺は強いからな。お前たちのように二人がかりの奴らとは、ものが違うのだ!」


「うふふ。実は三人よ」


「なっ? 急に人が……もしや、あなたが噂の精霊フロストリア様ですか!?」


「ええ、そうよ」


「はじめまして。俺はレルグレンド王国第三王子のフレデリックです。それにしても……そうだったのか。病弱王子如きが、元聖女の助けがあるとはいえ、千メートル地点まで来るなんて変だと思ったが、精霊の力も借りていたのか。ならば納得だ」


「病弱王子っていつの話だよ。兄様、すでにボクに負けてるじゃないか。コテンパンに」


「黙れ! あのとき俺は絶不調だったのだ! あれから修行し直し、そして今は絶好調! 格の違いを教えてやる! さあ、ボスよ出てこい!」


 兄様は湖に向かって「出ろ出ろ」と叫ぶ。

 強くなったのは認めてもいい。前はここまで来る技量なんて到底なかった。真面目に努力したんだろう。本気で国王を目指しているだけはある。

 でも性格がウザい。心の底からウザい。

 ボクは兄弟でいがみ合いたくないんだ。なんとかなんないかなぁ。


「おお、出たか!」


 水面を割って赤茶色の物体が姿を見せた。

 まさにカニをそのまま大きくしたような外見だ。


「って、思ったよりも大きい……いや、相手にとって不足なし! いざ尋常に勝負ぅ!」


 見上げるほど大きいカニに、兄様は剣で立ち向かっていく。が、カキーンと刃が弾かれた。


「硬すぎる! 卑怯な!」


「別に卑怯ではないと思うけど」


 ボクの突っ込みを無視し、兄様は魔弾を連射。

 でも効かない。

 そしてカニの立場からすると、一方的に兄様に攻撃させておく理由はなく、当然ハサミで反撃に出た。


「うわぁぁぁっ、痛い痛い! 体が千切れるぅぅぅ!」


「やれやれだよ」


 ボクは兄様を掴んだハサミを根元から切り落とした。


「はぁ……はぁ……助かった、ありがとう……」


「どういたしまして」


「……いや、違う! 今のは自力でなんとかできたんだ! 余計な手出しをするな!」


「そうなんだ。ごめん。じゃあ、もう一度どうぞ」


 回復魔法でカニのハサミを治す。するとカニはまた兄様を挟んだ。


「うわあああ、ぎゃああああ! た、助けろぉぉぉぉ!」


 こうなると思っていたので腹は立たない。

 またハサミを斬ってからカニを蹴飛ばしてひっくり返す。


「はあ! はあ! 今度こそ死ぬかと思った……!」


「兄様、嘘ついたね。自力じゃどうにもならなかったね。精霊の前で恥ずかしい姿を晒しちゃったね」


「うふふ。確かに今のは恥ずかしかったわねぇ」


「い、今のは違うんだぁぁぁ!」


 兄様は泣きながら走り去っていく。

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