第10話猫は二人をつなぎます
猫は死と転生を繰り返す。
一度死んだ猫は猫又となって世界を漂い、猫又として死ぬことで再び猫としてこの世に生を受ける。
そして猫は何度も生を送り、今日もまた人類の友としてのんびり気ままに生きていく。
「おーい、シトラスちゃーん」
美しい女性の呼び声に反応して、真っ黒な猫又はたったかと床を歩き、女性の前で急停止する。
「ほうら、猫じゃらしだぞー」
『私は、そんなものではつられない』
人語を話す黒い猫又シトラスは、そう言いつつも黒い瞳を爛々と輝かせ、真剣に揺れる猫じゃらしのおもちゃを目で追っていた。
『私は、知性ある猫又。こんな遊びには、踊らされ、ない!』
バッと飛び上がったシトラスが手を振るう。その手は軽く猫じゃらしをかすめ、けれどとらえることはかなわなかった。
「ほらほら、残念~」
『う、卑怯。その急に大きく動かすのは、反則』
再び降りてきた猫じゃらしへと、しっぽを大きくフリフリしながらシトラスは狙いを定めてとびかかる。
今度は勢いよく上に持ち上げられることを想定して大ジャンプを行ったのだが、女性は今度は横にスライドさせることで猫じゃらしをシトラスから回避させて見せる。
『卑怯な』
「ふっふっふ。悔しかったらもっと素早い動きをすればいいよね?」
『もう怒った。本気を出す』
ぶつくさ言いながら、それからもシトラスは女性が揺らす猫じゃらしにとびかかり続けた。
そうして三桁近くジャンプを繰り返したところで、女性が手の疲れによって猫じゃらしを振るう速度が遅くなり、ついにシトラスは猫じゃらしをとらえることに成功した。
『うう、本能には抗えない』
「別に抗わなくていいと思うんだけどなぁ。ねぇ、そう思わない、孝樹?」
女性――成長した未来に呼ばれた孝樹は、新聞片手にコーヒーを飲むのをやめて、二人のそばへと座った。
「そうだねぇ、猫又には猫又としてのプライドがあるんじゃないかな? 例えば人間よりの感性になったりとか」
『そう。私は猫又。当然、人に変化できる』
「何が当然かはさておき、人に化けられるんだ。それってほかの人に見えたりするの?」
『もちろん、力を調節すれば余裕』
どや、と胸を張って見せるその姿がいとおしくて、未来はシトラスの前足の付け根に手を滑り込ませ、そのふわふわな体を抱き上げる。
「ああ、本当にシトラスはかわいいわねぇ」
『むう』
不満そうな、けれどまんざらでもなさそうな様子で、シトラスは未来の頬ずりを受け入れた。
「それじゃあそろそろ行ってくるよ」
気づけばネクタイを締め、スーツに袖を通していた孝樹が鞄を片手に告げる。
それを聞きつけたシトラスは、素早い動きで反転して飛び上がり、ひょいと孝樹の頭上に着地する。くるりと丸まった猫又シトラスは、今日も定位置である孝樹の頭上から幽霊に愛される彼を守り続ける。
「行ってらっしゃい、あなた」
「行ってきます、未来」
美しさに妖艶さを加えた美貌を持つ未来に見送られた孝樹は、ゆるりと笑みを浮かべて扉をあけ放った。
幼いころは恐怖を感じることもあったその一歩を、今はもうためらうことはない。
帰るべき家は未来によって守られており、さらには孝樹自身も、その頭上にいる一匹の猫によって守られているのだから。
「さて、軽く掃除をしてわたしも仕事に行かないとね」
ふん、と両手を握りしめた未来は、パタパタと慌ただしい足取りで家の中を歩き始める。
そんな二人の愛の巣の一角。窓際に置かれたタンスの上に飾られた写真には、真っ白なタキシードとウェディングドレスに身を包んで満面の笑みを浮かべる孝樹と未来が映っていて。
そして写真の中には、孝樹の頭上に、手書きで一匹の黒猫の絵が描き加えられていた。
彼の猫は頭上にて 雨足怜 @Amaashi
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