第9話未来の暴露

 猫又が強くなったからか、それ以降孝樹の体調が悪化することはなく、孝樹たちは最後まで修学旅行を謳歌することができた。といっても猫又に干渉した男のことを思えば未来は混乱でそれどころではなく、修学旅行後半のことはほとんど記憶に残っていなかった。


 そうして修学旅行はあっという間に過ぎ去って、日常が戻ってきた。


 今日も今日とて、未来は孝樹の頭の上にのって孝樹を守っているらしい猫又を見つめていた。やっぱり確実に強くなったらしい猫又は、最近はあまり威嚇をしたり攻撃のそぶりを見せたりすることはなかった。


 おそらく強くなった猫又を恐れて近づいてくる幽霊が減ったのではないかと未来は考えていた。


 未来にも見ることのできないような力の弱い存在は、おそらくは今の猫又の敵ではなかった。いるだけで悪を追い払う猫又のおかげで、最近ではもう孝樹が学校に遅刻してくることもなくなっていた。それでもたまに動物の遺体は拾うらしく、時折遺体を抱えて登校する姿が見られることがあった。


 不幸に愛された男から優しい男に変化した孝樹は、顔色がよくなったためかどこか余裕が感じられるようになり、その高身長と心優しい性格から、特に下級生に人気を博することとなった。


 それこそ、まるでアイドルを愛でるような様子で孝樹を見ては、流し目を送られたと歓声を上げて廊下を走っていくような生徒が現れるようになった。


「人気者だな」


 どこか呆れたように、それでいて楽しそうに宗次郎は孝樹の肩を叩いて告げた。


「……よくわからないよ。一体なにがなんだか」

「あー、そう、だな。なんか最近こう、お前の存在感が増したっていうか、こう、はかなげな中に神々しさが加わったっていうか……何か変わった気がするな」

「僕は何も変わってないよ?」

「だろうな。そのマイペースな感じはいつもの孝樹だ」


 じゃあどうして変わったように感じるんだろうな?顔を見合わせた二人は、そんな疑問を抱きながら首をかしげて見せた。


「ちょっと、何を男子どうしで通じ合ってるの?」

「いや、異性間で通じ合うよりはよっぽど普通だろ」

「なんかこうね、最近宗次郎が孝樹くんになびくんじゃないかってひやひやすることがあってね」


 髪を片手で弄びながら告げる白崎に、宗次郎は愕然とした顔をしていた。


「……それはつまり、俺が孝樹を、男を好きになるってことか?」

「だって、同性の方が気やすいんでしょ?」

「いや、それとこれとは別だろ。第一、孝樹に惚れるとかないな。孝樹はなんかこう、守らないといけないというか、保護しとかないといけないっていう使命感を感じさせるんだよ」

「ああ、なんかわかるよ。こう、さ。か弱くて今にも倒れてしまいそうな感じが、心配だったんだよね。でも最近はそんなことないでしょ?」

「ああ、もうずっと顔色もいいよな。最近は健康な生活をしてるのか?」

「ううん、前と同じ生活だよ?特に何も変えてないよ」


 本当かぁ? といぶかしげに宗次郎が見つめるも、孝樹の瞳には一点の曇りもなかった。


「はぁ、やっぱりお前は変わってるよ」

「ええと、ありがとう?」

「あー、やっぱり通じ合ってる!」

「今のどこを見て通じ合ってることになるんだよ!」

「いいもーん、宗次郎がそうなら私は未来ちゃんとイチャイチャするんだから!ねー、未来ちゃん……未来ちゃーん?」


 抱きしめても反応がない未来の目の前で手を振れば、未来はようやく抱き着いている白崎の存在に気づいたらしく、ああ、とどこかぼんやりした様子で白崎の方を向いた。


「そう、だね。わたしが大事にしてあげる」


 そうして白崎の頭を優しくなでる未来だったが、やっぱりその手の動きはどこか集中力にかけていて、白崎の髪が乱れる結果となった。


「……ねぇ、未来ちゃん。やっぱり飯島くんが気になるんだよね?」

「うん、そうだよ」


 頬を朱に染めることもない未来を見て、これは末期かなどとひどいことを考えた白崎は、さてどうやって未来を現実に引き戻すかと一人うなっていた。


「あの、ね」


 どこかためらいがちに未来が口を開いて、白崎は目を瞬かせて、続きの言葉を待った。


 胸に手を当てて、ためらいがちに口を開けては閉じていた未来だが、やがて大きく息を吸って、覚悟――というよりはやけっぱちな様子で一気に胸に詰まった言葉を吐き出した。


「その、ね。わたし、お化けとかが見えるの。それでね、最近飯島君に猫が憑いていて、今も彼の頭の上にのっているの。それが気になって、どうしても目で追ってしまうの」

「え、ええと……猫?」


 孝樹へと視線を向け、目をすがめ、視界がぼやけているのかと目をこすってにらむように観察するも、当然孝樹の頭上に猫が見えることはない。


 本当に大丈夫かと、白崎は未来がおかしくなってしまった可能性すら考慮しつつどうやって彼女を励まそうかと頭を悩ませ――


「なるほど、そういうことだったんだね」


 ふと、すべてが分かったとでも言いたげな涼しげな言葉が響いて、白崎は思考を止めた。「え、信じちゃうの?」とクラスの思考が一つになった。


 そんな皆の心を見透かしたように、孝樹はくすりとはかなげに笑った。


「だって僕も見えるし、なんなら触れるからね」


 そう言いながら、孝樹は自分の頭上へと両手を伸ばし、何かを持ち上げるような動きをする。


 瞬間、黒い靄のようなもので孝樹の顔が隠された。

 その毛玉は、孝樹の膝の上へと移動され、くあ、と大きなあくびをして見せる。


 未来を除くクラスメイト全員が、孝樹の膝の上に視線を向けて目が点になっていた。

 何しろそこには、姿姿のだから。


 幽霊や猫又に愛される孝樹が、猫又を見ることができないわけがなかった。それどころか触れることができるのだから、その能力は未来よりも上だった。ただし、幽霊を見ることができる猫又ほどではない。


 ちなみに孝樹が触れることで猫又が見えるようになったのは、接触によって猫又の存在感が増したことで、霊感の低い者も視認できるようになったためである。


「……いや、ちょっと待って?え、何それ」

「何って……猫?」

「いや、猫なのは見てわかるけど、どゆこと?」

「未来さんが言った通り、僕に憑いていた猫だよ。正確には猫又かな」


 ほら、と猫の尻尾を優しくもち上げた孝樹の手元に視線が集まる。そこには根本から二つに分かれたふさふさの尻尾があった。


「……尻尾が、二本?」

「目の錯覚……じゃないな」


 先ほどの白崎のように目をこすった宗次郎はさらに頬をつねり、今自分が見えていることが錯覚でも夢でもないことを確かめて一層激しく目を瞬かせた。


 そうしたクラスメイト達の困惑は、蹴とばすようにひかれた椅子の音に吹き飛ばされる。視線の先には、これまで見たことのない満面の笑みをうかべる未来の姿があって。


「飯島君、わたしにも触らせて!」


 そう言いながら、彼女は真っ黒な猫又へそっと手を伸ばした。

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