箱太郎
夏木
昔話
むかしむかし、魔物が蔓延る世界におじいさんとおばあさんがいました。
毎日おじいさんは森へ魔物刈りに、おばあさんは川へ水の浄化と汲み取りに向かいます。
ある時、おばあさんが呪文を唱えて水を綺麗にしていたところ、いつもと違う気配を感じとります。
「何者だい? あたしゃ、恨まれる覚えはないがねぇ」
目線は目の前の水から離さず言うと、誰とも分からない気配の主はガサリと地面を擦る音を放ちます。
魔物かもしれない、そう思ったおばあさんは持ってきた水桶に浄化した水を入れて振り返りました。
するとそこには、大きな木箱がひとつ、
「ガサリガサリ」
と近づいて来ていました。
「おやおや、これは立派な箱だこと。おじいさんへのお土産に持って帰りましょう……
――なーんて、言うわけがないだろう! くたばりなッ!」
おばあさんは両手を前に突き出して、呪文を唱えます。それは魔法師の中で高位の存在しか使うことができない超高度魔法。全てを無に還す、最強の魔法でした。
最強故に、詠唱には時間がかかります。手の先にブラックホールの如く真っ暗な球体が少しずつ大きくなっていきます。これが三十センチほどになれば、最後まで唱え切れば木箱の断片すら残さない、球体になるのです。
さっきまでゆっくり、そして少しずつしか動いていなかった木箱が途端に焦ったかのように
「ガサガサ、ガサガサ」
と激しく動いて逃げようとします。
それでも虚しく、おばあさんの詠唱は最後まで終わってしまいました。
「あの世に行ってなッ!」
とかつての大魔法師時代を彷彿とさせるおばあさんは、球体を木箱へ向けて放ちました。木箱はおばあさんの魔法で生まれた球体にぶつかりました。
すると、木箱がパキパキと音を立てて球体に吸い込まれていきます。
木箱はもう、どうすることもできませんでした。
しかし。
何も残らないはずだった場所に、人が座っていました。
「おや? これは……」
白髪になった頭とシワだらけの顔。
それは何十年も付き添ったおじいさんでした。
「おじいさんや。何をやっているんだい? ヘマしたんじゃ、英雄の名が廃るねェ!」
「すまんのう。ちとばかし、ミスしてしまったわい。出られると思ったんだがなぁ。だけど、まあおばあさんならどうにかしてくれると思ったぞい。まさか、儂ごと消そうとしてるんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ……」
「何言ってんだい。最初から分かっていたから、手加減して木箱に憑いた魔物だけを消したのさ。にしてもまぁ……箱にのまれた英雄なんかみっともない。今度から箱太郎って名乗った方がいいんじゃないか?」
「それは酷じゃ……せめて、怪我がなくて何よりと……」
「甘ったれるんじゃないよ」
ほら帰るから、水桶を運びなさいと、おばあさんはおじいさんに言うと、おじいさんは「箱太郎は嫌だ」と呟きながら水桶を運びます。
青空の中をかつての英雄と、かつての大魔法師は強く生きていくのでした。
箱太郎 夏木 @0_AR
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