新たな差し色
19話 私達
「先生、私ね、長い夢を見ているかのような、そんな気持ちだったの」
「それはまた、どうして」
「僕、ううん、私は、私であることを放棄していた。……でも、僕は……蓮は、自分であることを放棄しなかった。自分は自分だからって、必死になって生きてた。一人の、人間として。なんか、私の中の私なのに、全く違う人みたいでさ。私は逃げてきたけど、彼は違うから、凄いなって」
「つまり、記憶を共有出来た?」
「そうです。でも、僕は私の……記憶を、感情を共有出来なかった。まるで、主人格と別人格が逆みたいに」
「……」
「元々私、離人症があったじゃないですか。だから、かな……。見ることが出来ても、他人みたいに感じていた。自分だけど、他人なの」
「弱いあなたは、あなたにとって嫌悪すべき存在だったと」
「ううん。彼は、頑張った。凄く、ね。不器用さは、私の悪いところが出ちゃったけれど、でもそこがとても人間らしくて、私は好きになれた。自分の一面を、好きになれたんです。先生」
「彼は……、蓮君は、まだ君の中に」
「いますよ。きっと。私達は、いくつもの人格でデザインされた私という存在だから」
「それは……」
「先生、私、次に学ぶのはアートがいいな。なんて。……じゃあ先生、次の診察日、いつにしましょうか!」
本当のところは、彼も、私も、私じゃない。蓮華の振りをした私は、別の人格かもしれない。記憶が共有された、新しい……。でも、それでも、私が私であることに間違いはない。左手首の間抜け傷。ああ、間抜け。大間抜け! 自分をデザイン? そんな計算高いことが私に出来るとでも? 彼は、自分をデザイン出来ると勘違いをしていた。私にも、それは出来ない。ただ、未来の自分をデザインすることは、可能かもしれない。今、変われば。あるいは……。
そして私は、デザイン会社を辞めた。僕と言っていた恥ずかしい過去を消し去りたいというのと、ただ単に、デザインは私には出来ない、向いていないという理由から。予想外にも、先輩や上司から残念がられる声を聞けた。それは、ちょっとだけ僕を認めようという気にさせた。まあ、今の環境で、私はやっていけるつもりはないし、やっていくつもりもない。もっと、自分というものを持つ必要があると、そう感じた。じゃあ、私がやりたいことは何だろう。そう考えた時、出てきたのはアートだった。アートの世界は、デザインの世界とは全く違う世界で、それこそあの会社にいればよかったと思うこともあると思う。でも、それでも私はやりたいことをやりたい。今まで我慢してきた分、やってやりたい。蓮華にも、蓮にも出来なかった世界を、私が創り上げる。私達の世界を、表現したいんだ。
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