18話 欲しがり屋さん

「じゃあ、お話ししようよ。蓮お兄ちゃん」

 真っ暗な空間で、ぽてとが現れた。ぽてとは現実世界と同じく、ふわふわの体で、黄色と白の毛並みの可愛いぬいぐるみの姿だった。

「ぽてと……」

「ぼくは、イマジナリーフレンド! でも、蓮お兄ちゃんと同じく、人格がある。これって、魂があるってことなのかなぁ。でも、どこかの海外の映画みたいに、人権を求めることはぼくはしないけど。だってぼく、現状に満足してるもん」

 ふふふと笑うぽてとに、僕は少し安堵すると同時に絶望を覚えた。だって、つまり、僕も同じ存在ということだ。

「ぽてと……。僕は、あいつに僕という存在を乗っ取られたくない」

「どうして? 辛いだけじゃなかったの? よくぼくにそう言っていたじゃない」

「でも、それは、違うんだよ」

「何に満足していないの?」

「僕は、今まで築き上げてきた。創り上げてきた僕を、デザインしてきた。それは大変で、ぽてとにはきっとわからない。それを壊されるなんて、僕は」

「うーん、お兄ちゃんの話は難しくてわからない!」

 ぽてとは僕の膝の上に乗った。

「ぼくが簡単に解決してあげるー!」

 ぽてとはいつものにっこりとした笑顔のまま、ぼくを見ていた。


「要するに、ぼく達はお姉ちゃんの思うがままの存在。でもそれだけ、お姉ちゃんにとっては予想外の存在だった。確かに、一時の助けにはなる。でも、それはずっとじゃない。ぼく達に与えられてきたもの達の清算は、お姉ちゃんがするんだ」

「それって……」

「因果応報。等価交換。そんな言葉がよく似合うよね。お兄ちゃんが今まで味わった苦痛は、お姉ちゃんが自分でそれをもう一度味わわなくちゃいけない。そうやって、お姉ちゃんは自分の逃れてきた痛みを飲み干すの!」

 可愛い笑顔で、ぽてとはそう言った。


 僕の記憶の間違いでなければ、ぽてとの年齢は五歳から七歳くらいだ。なのに、どうしてこうも残酷な言葉を吐けるのだろう。そんなに、悪いやつだっただろうか。……違う。悪いやつなんかじゃない。ぽてとは、純粋なんだ。それこそ、年齢に見合った純粋さ。素直さ。だから、本当のことをあっさりと、残酷なことだろうと告げることが出来る。

 ぽてとは僕に抱き着いてこう言う。

「でもね、ぼくはお兄ちゃんもお姉ちゃんも大事なんだ。これは本当。だけど罪を償うのと同じように、したことには代償が必要だから、お姉ちゃんがこれから苦しむのは仕方がないよ。お兄ちゃんのせいじゃない」

 ぽてとは僕の頭を撫でた。


「そもそも、僕、あいつが辛いの、別にどうでもいいんだけど」

「だったら笑いなよ。ぼく、みーんなが幸せになれた方が嬉しいもん! ぼくみたいに笑ってみて! まあ、お姉ちゃんも辛いのは一時的なものだから、大丈夫。それにお兄ちゃんが頑張ってきたことだって、無駄じゃないよ。認めてくれている人がきっといる。ぼくやお姉ちゃん以外にも」

 そんなの気休めだ。やめてくれ。そう思った。だけど、ぽてとはぼくに言う。

「ぼくは所詮イマジナリーフレンドだから、お兄ちゃんみたいに何か出来ることもないし、誰の記憶にも残らない。お兄ちゃんは贅沢だね。やい、この欲しがり屋さん!」

「……ははっ、なんだよ。……欲しがり屋さんって」

 思わず笑ってしまった。

「やっと笑ったね。お兄ちゃん」

 ぽてとは僕に抱き着いた。

「ぽてと、僕は、このままいなくなっちゃうのかな」

「まさか。いなくなったとしても、本当に存在がなくなったことにはならないでしょ。誰の記憶にも残らず、生きていた証も何もない。そうなったら、本当に存在がなくなったというか……、死んじゃったって、ことなんだと思うよ」

「じゃあ、ぽてとも生きてるんだ」

「え?」

「ぽてとも、僕と同じ。生きてる」

「ぼくが、生きてる? 面白いことを言うね。お兄ちゃん」

「イマジナリーフレンドにも、命があるよ。きっと」

「……ありがと。お兄ちゃん。さあ、お兄ちゃん。お外に出て、見てみなよ。お姉ちゃんの、これからをさ」

 ぽてとがそう言うと、真っ暗な世界から現実世界へと意識が戻った。

 ただ、その意識は意識だけで、体は、あの女の……。蓮華の、ものだ。悔しいけど、それが現実だ。

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