15話 居場所

 ぽてとに話してみる。と言っても、ぽてとは僕の気持ちを代弁してくれるだけだから、僕の意思を超えたことは言ってこない。言ってきたとしたら、それは僕の知らない僕の思考があるということだ。思考の、氷山の一角。どこかの心理学者の言っていた、無意識……ってやつだろう。潜在意識とか言う、そういうやつだ。確か、フロイトとか、ユングとか、そんな名前の学者の言っていたことだったと思う。

 ぽてとに僕は言う。「あの女、嫌なやつだよね」と。だけど、ぽてとは困った顔で、困惑の声を出す。「お姉ちゃんのこと、悪く言わないで」お前まで、僕のことを否定するなんてこと、ないよね。

 僕はぽてとを抱きしめる。ぽてとはちょっと苦しそうに「もうちょっと優しくして!」と言っていた。

 少し腕の力を抜いて、ぽてとをふんわりと抱っこする。ぽてとはそれでいいとばかりに笑顔を浮かべている。

 本当に、毒気が抜かれるというか、ぽてとはいるだけでいい。それだけで周りを笑顔にする力がある。…… 僕と違って。

 僕は僕で笑顔になる人物なんて見たことがない。

 ……僕、生きている意味はあるのかな。もっと言えば、これまで生きてきて意味があったのかな。

 皆、ひょっとしたら僕のことなんていない方がいいくらいに思ってたのかな。もしそうだとしたら、申し訳ないや。

 頑張ってきたことが全て不要なことだとしたら、もっと自由に生きていたかった。

 好きなことだけをして、周りの目なんか気にしないで、自由に。

 でも、もしそう出来たとしても、きっと僕は今と同じ結果しかなかっただろうな。

 人生は一方通行。戻ることなんて出来ないし、行くべきところにしか人間は行かないと聞いたことがある。

 人にはその人にしかわからない感覚があるという。

 その感覚はここからここまでは大丈夫という、自分が出来ることに制限をかけてしまう感覚。

 それがあるから、人間はきっと今でも空を飛ばないのだろう。

 だから翼がない。

 僕も、翼がない。生きる意味という翼が。

 前はあったのかな。いや、……なかったかもしれない。

 あったのなら、もう少し、生きやすかった。きっとそうだ。

 翼となってくれるものがあれば、違ったはずなんだから。

「お兄ちゃんは考えすぎだね」

 ぽてとが僕にそう言った。

 ぽてとは赤ちゃんのように無垢で、優しさも持ち合わせてる。

 だから、時に残酷な現実や事実だって、サラッと言う。

 それでも、僕にはぽてとが必要だ。

 だって、そういう人として持っていたいものを持たせているのが、ぽてとというぬいぐるみだから。

 もしかしたら、今の僕にとっての翼って、ぽてとなのかもしれない。

「大丈夫! ぼくがいるでしょ!」

 ポテトはいつもの笑顔を僕に見せた。

 

 ……時間は過ぎていく。

 それは望んでいなくても、動き続けるように世界は出来ているから仕方がないこと。

 だから、僕の精神はどんどん病んでいく。

 何せ僕の居場所は時間と共に奪われていくからだ。

 劣等生らしい隅っこで生きるような、そんな人生を送る僕。でも、僕はそれで幸せだった。なのに、なのに! あの女が現れて変わってしまった! 僕が呼ばれることがなくなっていく! 僕の居場所をあの女が奪っていく! あの女は本当に、一体誰なんだ。ぽてとも、お姉ちゃんと呼んでいた……。知らない、人のはず、なのに。

 あの女は僕のことをなんとも思っていないのか、干渉してこない。ああ、うざい。存在そのものが、僕にとっては毒のようなものだ。

 だからと言って干渉されたら、もっとうざい。

 でも、変なんだ。僕のところに来たはずの仕事は全てあの女がやっている。しかも、それを周りは当然のようにそうさせている。

 僕は自分の生きる意味というものを見失いつつあった。

 不思議なことに、僕は家に帰ってからの記憶も曖昧で、なんだか現実が遠くなってしまったような、そんな気さえした。

 仕事をしている時くらいしか、しっかりとした記憶がない。

 でも、その仕事をしている時というのも、あの女に奪われているから記憶はあってもオフィスの隅で立ち尽くしていることの方が多い。

 今まで頑張ってきたことを全てあの女に奪われてしまったのだ。

 怒るというよりも、虚しさが胸を占める。

 本当に、僕という存在は不要だったんだなと思えて仕方がないからだ。

 不思議なのは、こういう場面でいつもであれば僕があの女の役目をしていたのにと思うことだった。

 ああ、そうだ。明日は診察日だ。先生に聞いてもらおう。

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