16話 想起

 土曜日。僕はいつものように病院にいた。

 名前を呼ばれて入ると、先生がいつものようにいて、僕はそのことに安心感を得ていた。

 先生は変わらない。……会社の人達は僕のことをいないものとして扱っているけれど、先生だけは違う。

 僕は診察室に入るなり、挨拶をそこそこに矢継ぎ早にこれまであったことを話すのだった。

「僕の居場所が奪われました」

「誰に?」

「女です。名前も知らない、変な女。突然現れて、僕の場所を奪っていったんです。僕のデザインした居場所が、あっという間に掻っ攫われてしまったんです。築き上げたものも、同僚や先輩、上司までまるで僕の方が最初からいなかったかのように扱うんです。僕は、いつもいるのに……」

 先生は頷いて僕の方をじっと見る。

「それで、その女性はどんな人ですか」

「ショートヘアで、体型は太っていて、なんか優しそうな雰囲気を持った自信に満ち溢れたようなやつですよ。本当、嫌なやつ。僕、ああいうの嫌い」

「どこが嫌いですか」

「全部だよ! 全部! 僕の居場所を奪ったんだ! やっと見つけた職場で、やっと、やっと……。学生の頃から、僕が支えてやってたのに!」

「学生の頃から、支えていたのに、ですか」

 ……今、僕は何を言った。

 支えてやってた? そんなこと、あり得ない。嘘だ。

 きっと腹が立ちすぎて、僕はあり得ないことを言ってしまったんだ。

 僕は即座に否定する。

「いや、先生。今のは間違いです。間違えました。すみません。僕はその人のことを知りません」

 いつもなら、ここで先生は話すのをやめてくれる。だと言うのに、先生はいつもみたいに僕のことを放っておいてはくれないみたいだ。

「でも、今までのお話しからすると、知っているはずですよ」

「あの女を? 先生、悪い冗談はやめてください」

 僕がそう言うと、背後から声が聞こえた。

「そうですよ。先生。いきなりだと、彼が混乱してしまいます」

 あの女だ。僕よりも少し高い声の、あの女……!

 なんだこの女……! なんで、こんなところにまで!

「先生、少し老けました?」

 え?

「まあ、それはお互い様と言いますか……」

「ですよね! 私もすっかり、って、そういう話じゃないですよね」

 おい、やめろ。

「蓮華さん、気分はいかがですか」

 僕から先生まで奪うつもりか。

「私の気分は大分いいですよ。何せ」

 やめてくれ……。

「彼が私を大分、背負ってくれていたから」

 思い出させないで。僕の、本当の姿を。

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