14話 誰
「だから、お前は、いつまでも給料が上がらないんだ。なんだよ、この色。見てわからない? 色彩検定二級の目はどこにいった?」
「すみません……」
僕は朝っぱらから怒られていた。
色が気に食わないという、その理由だけで。
いや、もちろんそういう仕事だから仕方のないことだし、自分が悪いということもわかっている。
だけどさ、だけど、いくらなんでも……。
「わからないやつに何度も教えてやるつもりはないよ。俺。さっさと自分のレベル上げろよ」
僕は言われ慣れていても、やっぱり辛かった。少し、涙が浮かんだ。
「なんだよ、その顔。まるで俺が悪いみたいじゃないか」
僕は言い返そうとした。その時……。
「私に任せて」と声がした。
その声は僕の声を少し高くしたくらいの声で、妙に耳に馴染んでいた。
いつも、聞いているような、そんな気さえした。
「すみません! これやってた時、ちょっと眠かったみたいで。先輩の仰る通り、ちょっと赤みが強かったですね!」
やめろ、おい。
「あ、ああ……。わかってくれればいいんだ」
なんなんだ。この女。目の前の、職場に相応しくないひらひらのワンピースを着た女は誰なんだ。先輩も、どうして見ず知らずの女にそんな……。
「これからはもっと気をつけますね!」
この女は、誰だ?
それから度々、その女は出てくるようになった。僕の目の前に。先輩達は何故かそれを受け入れていた。僕は、徐々に、徐々に、居場所を失っていくような、そんな気がしてならなかった。いつしか、僕は女が謝ったり、褒められて喜んでいるのを横目に仕事をするようになり、凄く嫌な気持ちにさせられた。まるで僕の全てを奪われるような、そんな気がして。
実際、僕は居場所がなくなっていくし、僕が話しかけるとまるであの女じゃないのかとでも言いたそうな眼で僕を見る。
違う。僕はあの女じゃない。そんな眼差しで僕を見るなよ。
やめろよ。やめてくれ。
僕を否定しないで。
そう思うのに、皆、誰もわかっちゃくれない。
さらに、時間が経つと、ちょっとずつではあるものの、その女の活躍の場は増えていった。
あっけらかんとした、優しい性格。多分、そんな感じなんだと思う。だけど、僕はそれが腹立たしい。
どんな思いをして僕が生きてきたのか、この女はわかっちゃいない。
何の苦労もなく生きてきたようなこの女が、僕は本当に嫌いだ。
どうせ話してもわかり合えない。それがわかっているから、僕はその女と話すことはない。
きっと今も、これからも、ずっと。
僕は皆の視界からいなくなる。もう、いないのかもしれない。
皆は僕のことを見なくなった。あの女しか見ていない。
だったら、だったらどうして僕は今ここにいる。
僕という存在がまるで最初から必要なかったように、そんな風にさえ思える。
凄く惨めだ。僕が築き上げてきたものを全て横から掻っ攫われたようなものだ。許せない。
僕は心に憎悪という存在があることを容認している。そうでもないと、僕は僕でいられなくなる。そう思えたのだ。
正直、僕は恐ろしい。あの女に僕は取って代わられた。だから、今に僕は僕がいなくなってしまいそうだった。
自分でもよくわからない感覚だけど、以前からあったような、そんな感覚だ。
あの女が出てきた時、困惑、憎悪と、よくない感情がいっぱい出てきた。でも、その中でも一番不可解なのは、これでよかったんだという安堵。僕はあの女のために生きてきたわけではないのに。
そのはず、なのに。
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