11話 違和感

 それから二週間ほどは双極性障害によるテンションの落差はあったものの、いつも通りになんとか乗り切る事が出来た。

 そして土曜日の今日、精神科の通院があるのだった。

 いつものように診察券等を受付で出して、待合室の椅子で待つ。その時待合室で流れていたのは、クラシックやオルゴールではなく、何故かジャズだった。僕はジャズの方がザ・病院という感じがしなくていいと思っている。だから、ジャズが流れていると密かにテンションが上がるのだった。

 そして二時間ほどで呼ばれ、診察室に入る。

「蓮君、最近仕事の方はどうですか」

 先生がそう聞いてくるから、僕はここ最近のことを思い出しつつ考える。うん。特に変わったことはないな。

「ああ、普通ですよ」

 先生はパソコンでカタカタと入力しながら僕に聞く。

「気分の波は」

「うつの方が強いですね。何なら、調子がいいくらいです」

「そうですか。それならいいですが」

「うつの時は気分塞ぎますけどね」

 そう言うと、先生はふと思い出したようにこう言う。

「そこはほら、君の場合、ぽてと君がカバーしてくれるじゃないですか。最近は、してくれないんですか? 彼は」

「ぽてとは……。ぽてとは、いつも僕の味方ですよ。いつだって。だって彼は、僕の唯一の弟ですからね」

 本心ではない。でも、本心だ。ぽてとは弟。だけど、ぬいぐるみ。だから弟であり、弟ではない。僕の唯一の肉親、そう言いたいけど、言えない、イマジナリーフレンドにも似た存在。

 先生は、そんなぽてとのことも邪魔扱いせずにいてくれる。だから信じていていいって思える。

 でも、先生は次の瞬間、よくわからないことを言い出す。

「そういえば、お姉さんは元気ですか?」

 お姉さん? 姉?

 僕に、そんな人、いただろうか……?

 いや、いないはずだ。そんな人がいたら、僕は今頃もっと生きやすいはずなんだ。

「そんな人、知りませんけど。というか、先生も人が悪いなあ。僕を驚かそうって言うんですか。僕に姉なんて」

 僕が笑って言うと、先生は少し困ったように笑った。

「……ああ、そうでしたか。すみません。記憶違いです。いやぁ、何分患者さんが多くて」

「いいことじゃないですか。あ、よくないか。それで、先生、僕はどうしたらいいですか」

「とりあえず、現状維持で。薬は変えないでおきましょう」

 いつも大体この言葉で締めくくられる。ところで先生、今日はやたらとくたびれて見えました。先生こそ、大丈夫ですか。

 なんて、ね。

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