10話 変わるべきは他人ではなく

 僕は別にデザインが嫌いということではない。でも、そんなに好きでもない。大学で学んだから、それを活かして仕事をしているだけだ。

 ただ、もう昔みたいに純粋な目でいろんなものを見ることは出来なくなっているかもしれない。

 どこに視線誘導があるかとか、色彩の効果がとか、とにかくいろいろと気になってしまうのだ。

 でも、いくらデザインが好きだったとしても、残業するほど好きかというと、違うと思う。

 パソコンとモニター、そして印刷されて出てくる紙と睨めっこ。パソコンで色を弄って、何十分、何時間とその繰り返し。

 残業、残業。一条先輩め。いつもはいらない手直しばかりしてくるのに。こんな時には何もしないんだな。徹底的に僕を潰そうっていうのか?

 明日、残業代でも請求してやろうか。

「あ、ダメだ」

 僕はぽつりとそう言った。給料が見なし残業だから、残業代は別では出ないんだった。

「僕をいじめて楽しいかよ。お望み通り、僕はボロボロだ。心も荒んでる。これで望み通りだろ」

 今は誰もいないことをいいことに、僕は言いたい放題だった。

「あれ? この色……黒、じゃない! CMYKどうなってる? ……全色100%じゃないか!」

 信じられないことに、黒が黒ではなかった。本来スミベタであるK100%でなければならないのに、他の色まで入れられていた。お陰で色が汚い。

「信じられない。誰だよ。こんな初歩的なミスをしたの……って、これ、一条先輩じゃないか」

 どうしたんだよ。色彩能力検定1級保持者。

 思わず心配になってしまった。このことは僕だけの中に留めておくことにして、こっそり直しておくことにした。

 誰にでもミスはあるものだ。どんなに憎い先輩だとしても、それを大っぴらにして笑うような、そんな人間じゃないんだよ。僕は。

 それに変わるべきは他人ではなく、自分。僕自身だ。

 それを出来ないクサクサした自分が、僕は大嫌い。


「大丈夫。ボクがいるよ! お兄ちゃん!」

 残業を終えてから家に帰り、ベッドの上でぽてとを抱っこしていた。

「ありがとう、ぽてと」

 いつもぽてとがいてくれた。いつも、ぽてとは僕を否定しないでいてくれる。だから、僕はぽてとのことが大好きだ。

 にっこり笑顔で、ぽてとは僕の腕の中でころんと赤ちゃん抱っこをされている。

 僕はぽてとの頭を二度撫でると、枕元に置いた。

 そして部屋に運んでおいた大きな段ボールが視界に入った。

 ああ、パソコンデスク、組み立てなくちゃ。

 何もこんな、残業をした日にやらなくてもいいと思うかもしれない。でも、やりたくなってしまったのだからやるしかない。

 梱包を解いて、一時間ほど頑張って組み立て、なんとか形になるとそれを部屋の中の一番納まりのいい場所に配置した。

 そして椅子を置いて、パソコンも置いてそのままのテンションで、パソコンデスクと椅子の具合を見るつもりでゲームを始めてしまった。

 しかし、その結果僕は気づけば夜中の3時までゲームをやっていて、その間食事も取らず、風呂にも入らなかったのだった。

 急いで風呂に入り、食事も簡単に済ませると、アラームを設定して眠りに就いた。

 翌朝、当然のように僕はまた遅刻しかけて一条先輩から揶揄われたのだった。

 でも、色校正に関しては何も言ってこなかった。多分、問題なかったのだろう。そうじゃなかったら、いつものうざったい声で騒ぐに決まっているから。

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