9話 節穴の目

「さーかーもーとーっ! お前の目は節穴ですか! この色じゃダメなんだよ!」

 クソッ。一条先輩が今回の案件の担当かよ。そのことも付箋に書いとけよ、僕。

 一条先輩は僕の肩に腕を置いて顔を近づけてくる。うぜぇ。

「はあ、すみません。黄色が上手く出なくて」

 黄色という色は人間に例えると、とんでもなく気難しい人だ。モニターと紙面での色が大きく違う。もちろん、モニターによっても色は変わるから、余計に。でもその差というものが黄色は特に出やすいというのは大学の頃から聞いていたが、実際に仕事をするようになってから、さらにそれがよく身に染みてわかった。

「黄色が難しいのはお前だけじゃねえの。皆そうなの。わかる? 色彩能力検定持ってんだろ? それに新卒じゃないんだから、こんなこと言わせないでほしいんだけど。もっと自分のレベル上げろよ! レベル!」

 それにしても、一条先輩をパワハラで訴えたい。

 見て見ぬ振りする周りは、気持ちがわかるからいいけど。まだね。

「すみません」

「とにかくこの色じゃ納品出来ないから! ちゃんと終わるまで残業してけ。いいな」

 うっぜ。言われなくてもわかってるっての。

 そうこうしていると、昼休憩に入るところだった。

 でも一条先輩が「終わるまで飯なんて食うな」などと言ってきた。

 はあ? 効率悪いのはどっちだと思ってんだ。

 そう思ってさすがに言い返そうとしたら、すっと常磐津さんが間に入ってきた。

「一条、お前、坂本にだけきついな。そういうの、やめた方がいい」

「常磐津先輩! そんなこと言ってると、いつまでもこいつが成長しないんですよ! いいんですか! 若い芽が潰れても!」

「今は私達みたいに根性とかで叩き上げる時代じゃないし、非効率的だ。よし。一条、飯、奢るから、私と一緒に行こう」

「ちょ、常磐津先輩! 引っ張らないでください! 首、苦し……っ。ネクタイがぁ!」

 常磐津さんは一条先輩のネクタイの後ろを引っ張ってオフィスの外に連れ出してくれた。お陰で僕は一条先輩から離れることが出来るのだった。

 お昼休みはどこに行こうか。オフィスの近くのラーメン屋にでも行こうか……? 日によってだけど、空いてる時は空いてる美味しいラーメン屋だから。そう思って、僕はラーメン屋へ行くことにした。

 ラーメン屋はラッキーなことに空いていて、すぐに食べることが出来た。

 今日選んだのは大好きなつけ麵だ。この店のつけ麵は、安いのに量があるし、何より美味しい。汁も薄めて飲むくらい美味しいから、言うことなしの名店だ。

 そして食べ終わってからオフィスに戻ると、一条先輩と常磐津さんが何やら話していて、一条先輩がぺこぺこ頭を下げていた。

 僕に対する態度で叱られているのだろうか。それとも、他にも何かあったのだろうか。よくはわからないが、なんとなく、胸の内がすっとした。

 でも、一条先輩は変わらない。休憩時間後も本当にうるさいくらい引っ付いてきて、あれがダメだ、これがよくないとマイナス面の指摘ばかりしてくれた。

 悔しいことに、それが事実というのも僕を苛立たせた。

 そして当然のように、僕は残業をすることとなってしまったのだった。

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