2話 大人になりきれない

「おはよう。坂本。今日も何だか眠そうというか、辛そうというか……」

 会社に出勤すると、同僚の陣内龍一にそう話しかけられた。

 こいつは入社当時から僕のことを友達か何かと思っているらしく、やたらと絡んでくる。

 正直、嬉しくもあるけれど、うざったくも感じる。

「陣内、おはよ……。えーと、今日の仕事は」

「昨日のお前が机にペタペタ付箋貼って残してたよ。赤いのが重要だってよ」

「そうか。ありがとう」

「ほんと、無愛想ってか……。黙ってれば可愛い顔してるのにな」

「僕のこと可愛いって言うのやめてくれる。気持ち悪い」

「えー、可愛いのに」

「そういうの、僕好きじゃないんだよね」

 僕がじとりと睨むように言うと、陣内はふーと息を吐き出した。

「わかった。わかったよ。悪かったって。でももっと自信持っていいぞー?」

「陣内!」

「悪い悪い」

 絶対悪いなんて思ってないな。こいつ。

 そんなことを思いながら、仕事の準備をする。

 昨日の僕が残しておいた付箋を見ながら、記憶を辿っていく。

 よかった。今日は記憶の混乱があまりないみたいだ。

 昨日までの記憶がちゃんと残っていることに安堵する。

 そしていつものようにパソコンを起動させ、ソフトを起動させておく。

 まだ始業時間までは時間がある。

 僕は鞄に入れてきたデザインに関する本を読むことにした。

 読んだところで、それが身につくかというと、それはまた別問題ではあるのだが。

「おはようございまー……す」

 陣内の次に入ってきたのは古城やよい。このオフィス唯一の女性だ。

 あとは僕とはあまり関係のない人ばかりで、名前すらちゃんと覚えているのか僕自身わかっていない。

「あ、えっと。坂本さん、おは、よ……ござい、ます……」

 尻すぼみに小さくなっていく古城さんの声。

 性格は非常に大人しく、僕は僕と通じるモノがあると思っているから勝手に親近感を感じている。

「古城さん、おはようございます」

「あの、これ、カヌレ……。作ったので、よければ」

 そう言って手渡されたのは小さな袋に入れられたカヌレだった。

 古城さんはお菓子を作るのが好きみたいで、よくこうしていろいろと作っては皆に配っている。

「ありがとうございます」

 受け取ると、古城さんはぺこりと頭を下げると他の人のところへとカヌレを持って走っていった。

 僕はカヌレを午後の休み時間に食べることにして、読みかけの本を読もうとした。

 しかし、そこで始業時間となったため、本を仕舞い、頭を仕事モードに切り替えて、朝礼をしてから業務に入る。

 案件数はそう変わらず、ひたすら割り振られた仕事をこなす。

 クライアントの思う効果が出るデザインを作り上げる。どうしたらいいのか。どこをどうデザインしたらベネフィットを生み出せるのか。それを考えて作っていく。

 でも下手なのだろうなと、そう思うことが多々ある。

 何度か上司や先輩に呼ばれ、手直しされたり、ここを変えた方が……と助言を貰う。

 何度も、何度も。そんなことを繰り返していると、自己肯定感が低くなる。考えすぎだと、そう思われるかもしれない。でも、僕は僕のデザインを変えることが何よりも、好きではない。誰でも、自分の作品を手直しされるのは嫌なはずだ。子どもの頃のように。

 言ってしまええば、僕は子どものままなのかもしれない。

 もし、そうだとしたら、いや、でも。きっと僕だけじゃない。子どもの自分を持つ人間は。誰もが、子どもの部分を持っているはずなんだ。子どもだった頃の自分は、きっと誰にでもいるはず……。

――大人になりきれない自分がいるのは、僕だけじゃない。

 そんなことを考えながら仕事をして、もうすぐ昼休み……という時に上司の常磐津さんに声をかけられた。

「坂本、お前のこの前のデザイン、小さい賞だけど受賞したぞ」

「え?」

 僕は思わず立ち上がった。

 隣に座る陣内が親指を立てている。

「今から見にいくか。展示されるから。丁度昼休みだしな。飯でも奢るよ」

「あ、はい!」

 僕と常磐津さんはオフィスから出て、その僕の作ったというデザインを見に行くことになった。

 賞に応募した記憶なんて全くないんだけど、まあ、それはいい。

 僕か会社が送ったことは確実なのだから。

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