後編:箱の外
その日、新世界旅行社に来客があった。
「――よう」
「久し振りだなあ! ええと、何年振りだっけ?」
「何年も経ってねえよ! 『箱の中に挑む』ってわざわざリアルで言いに来ただろうが!」
「ん――――ああ、そうそう! そうだった! ごめんごめん。でも『箱の中』に挑んでたのは『異世界旬報』で見て知ってた。すげえな本当に!」
「だから! 『異世界旬報』にすっぱ抜かれる前にお前に言いに来ただろうがって言ってる!!」
代表の前に現れたのは、先だって新入りとの話題のきっかけになった異世界探検家そのひとだった。
「で、どうだった? こうやってリアルで来てる以上、失着はしてねえだろうけど。――あ、秘書AI、お客様だ。誰か手配して何ぞお茶でも出してあげて」
言いながら、椅子に座るよう薦める。
『はいマスター』
客人は、深く椅子に座る。
「当たり前だ。確かに踏んだよ、『箱の中』。旅行会社がツアー組んで売れるかどうかは兎も角、れっきとした『異なる知性体のいる異世界』だったよ。来週には『梗概』が公開されるから、じきに『追試』が始まるだろうけど」
「異なる知性体?」
代表が急に身を乗り出した。
「何というか――道具を使うオオサンショウウオ。AI解析の範囲では言語は通じなさそう。割と敵対的。おかげで余り長時間滞在出来てないから、自分でももう一回行くかも知れない」
「『山椒魚戦争』かよ」
乗り出した身を引っ込めた。
「そんな感じかも知れない。知的種間戦争をするには人類どころか哺乳類全般居なさそうな感じだったけど。ざっくり言うと石炭紀の生物相」
「売り方難しそうだなあ」
無論、代表の主な関心はそこにある。新たな世界について、旅行商品として目を引くテーマを作れそうかどうか、それを売り出せそうかどうか。基軸世界では有り得ない光景、有り得ない生き物、有り得ない歴史など、切り口は多々あれど、そもそも顧客の安全が大前提だ。
敵対的で交渉による説得も困難な生物が支配的、というのでは、なかなか旅行商品としては厳しい。
「闇業者は『サラマンダーハンティング!』とか言ってはしゃぎそうな気はするけど、うちは合法でやっていきたいからなあ」
「流石に知恵ある生き物を狩るのはなあ。今時ダメだろよ」
「やらねえって、うちは。世界間旅行規約第35条があるから。余所は知らんってだけ」
『失礼します。コーヒー、入りました』
メイド風の設えをされたアンドロイドが入ってきて、二人の前にコーヒーを置いた。
「まあ、降着地点が違えば生物相幾らか違うかも知れねえから、場所を選べば安全かもよ? 何しろまだサンプル1なわけだし」
探検家は言った。そうは言っても大気中の酸素比率からすれば石炭紀の様相自体はあの世界の『地球』中どこでも大差は無さそうには思えるのだが、それは口にしない。
「それは正式の『論文』と『界図』を楽しみにしておくよ」
「じゃあ今度鼻からパスタ食え、こっちは実際『箱の中』踏んだんだからな」
「何の話だよ?」
「古典の話だよ。やっぱこの間の話覚えてねえのな」
※ ※ ※
「ところで、お前、航界機動かしてて、『転移酔い』したことある?」
冒険家は尋ねた。
「無くはないけど、まあ、ちょっとクラっとするくらいだな。お客様の中には吐き気がするって方もおられるから、最近は『なるべく目を閉じて寝ておくように』ってキャビンアテンダントから注意させてる」
代表は答えた。
「今回『箱の中』に行くのにな、すっげえ『転移酔い』したんだよ。昔のこととか色んな異世界にいる俺とかの幻覚見たりしてな。自慢じゃねえけど今までの探検では酔ったことが無かったからびっくりしてさあ」
「『転移酔い』で幻覚って、余り聞かねえなあ。感覚がおかしくなる、感覚がフッと消える、ってのは業界でもよく聞くけど、だいたい慣れで軽くなるって言うぞ」
「慣れ、ねえ」
探検家の業界では、『転移酔い』の強弱は『世界』が既知かどうかに依存する、と言われている。界図が出来て(比較的)気楽に往来できるような世界ならめまいがする程度。『箱の中』なら五感が失われるくらいは普通なのだ、などと。しかし、確かに、様々なレポートを読んでも、『感覚が喪われた』『感覚が狂った』という記述はあっても、『幻覚を見た』とは明確には書かれていない。
「案外、幻覚じゃなくて『世界ガチャ』でも引いたのかもよ? この見えてる世界からランダムで一つ引け、ってな?」
代表は軽口を叩いた。
「サンショウウオの幻なんて見てねえよ」
二人は互いに苦笑しながら、ほぼ同時にコーヒーを口に運んだ。
「あちっ」
「人の飲む熱さじゃなくね!?」
「アンドロイドは火傷しねえからなあ……」
箱の中の世界 歩弥丸 @hmmr03
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