中編4:中身の真実

 折れ重なった木々を、時に四つん這いになるようにして乗り越えつつ数十分ほど歩き、やがて湿地帯まで来た。

 両生類が出るならここか、と思っていると、遠くにオオサンショウウオの仲間の群が見えた。東アジア以外では絶滅してしまっているこの種は、なるほど生きてこれだけの群を作ることは珍しい。

 カメラを向けてその姿を撮る。

 ……いや待て。オオサンショウウオが群れる? そんな習性、あったか?

 訝しく思っていると、オオサンショウウオの群が、こちらに向かってくる。

「■■■■■――!!」

 何やら甲高い鳴き声を上げている。警戒音だろうか。無論、基軸世界のオオサンショウウオはそのような鳴き声などあげない。明らかに、似ていても違う生き物なのだ。

「■■■■――!」

「■■■■■■――――!!」

 口々に鳴き声を上げる。それを咄嗟にアナログレコーダーに録音する。

 群は数を増し、水場をこちらに迫ってくる。俺は少し後ずさる。

 やがて、それらは湖岸にあがり、倒木に脚をかけ、立ち上がった。

「立ち……上がった?」

 サンショウウオ類に二足歩行能力など無い。それが基軸世界での常識だ。しかし、尻尾の筋肉で支えながらではあろうが、ここのサンショウウオたちは立ち上がり、そして倒木を手に持った。今にもこちらに殴りかかろうかという構えに見えた。

「道具を使うのか?」

「■■――!!」

「■■■■――!!」

 無論返事はない。AI通訳機能も働かないのだから、サンショウウオにこちらの言葉が通じようはずもない。返事は無いが、俺の声に呼応するようにサンショウウオたちは奇声を上げる。

「■■■!」

「■■■!!」

 これはヤバいのではないか、と思った。多少の刃物は持っていても、こちらは銃器のような武器は持ち合わせていない。一方、あちらは曲がりなりにも木を棍棒のように使おうとしている。

 急がなければ。背中を向けて逃げる体制を取った。多少手足が発達していても、二足歩行をするとしても、両生類の間接構造ならこちらほどの走力は無いはずだ。

 逃げる。逃げながら背負い荷物を前にやり、カメラやレコーダーを仕舞う。後ろにサンショウウオの群れの足音がするが、やはり俺より遅い。

 引き離せる。

 そう思っていると、ひゅうと音がした。

 木の破片が、顔に当たった。

「いてっ!」

「■■■♪」

「■■■■■♪」

 振り向くと、サンショウウオの一体が木の枝と何らかの生き物の皮をつなぎ合わせた物を構えていた。だろうか。どことなく、サンショウウオたちが嗤っているように見えた。

 投石機か。いや、石は手に入りにくいから石の代わりにあれで木を投げたのか。

 いよいよ間違いない。あれらは、道具を使う知能を持っていて、しかも『敵を攻撃する』意志を持っている!

 完全に多勢に無勢だ。転移服に戻って逃げるしかない。

 走る。走る。木の折り重なった上を、手も使いながら必死に元の場所まで戻ろうとする。何回か木が頭をかすめ、一二度などは頭にあたりもしたが、気にしている場合ではない。

 両生類である以上、水場から遠くは離れられない。そのはずだ。ならば転移服の場所までは来られまい。そう信じて走る。

 やがて転移服に戻った。奴らは見あたらない。だいぶ引き離したはずだ。急いで転移服に入り、鍵をかけ、基軸世界への帰還に向けて時空場を始動する。

 あとは暖気完了を待って、出発するだけだ。組織化水を口に含み、噛み割る。一気に水が染み渡る。

 と、そこで、転移服に振動が走った。外界の状況をモニターに出すと、なんとオオサンショウウオが追いすがっているではないか。乾燥への耐性が強いのか、水を運ぶ道具もあるのか。時空場の外側で枝を投げ、木を打ち据えて、こちらを攻撃しようとし続けている。

「――マジか」

 苦笑した。知恵あるオオサンショウウオのいる世界、どこが基軸世界の過去と大差無いものか。

 幾ら何でも時空場は破れまいが、先に振動で転移服がやられることは、ひょっとしたらあるかも知れない(航界機ほど時空場を機械から離れて大きく展開するほどの出力は無いので、転移服の表面と時空場の外延はほぼ重なり合っているのだ)。作動肢でも出してあれば嫌がらせくらいはできたろうが、離界に備えて探査肢はとうに収納している。こちらから出来ることは無い。祈る思いで暖気の完了を待つ。

 と、そこに新たな羽音がした。トンボだ。オオサンショウウオを餌と見たのか転移服を餌と見たのか、トンボの集団がこちらに急降下をかけてきた。

 オオサンショウウオも喰われはすまいとトンボを迎撃する。打ち落としたトンボをオオサンショウウオが小脇に抱えもする。食べるのか、若しくは皮に加工でもするのか。迎撃をかいくぐったトンボは、その大顎でオオサンショウウオを抉ろうとするが、オオサンショウウオの皮は厚いようで、なかなか傷は与えられない。

 そうこうするうちに転移服は虹色の光に包まれ、俺はサンショウウオもトンボも弾き飛ばして、世界を立ち去り――――

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