中編3:ありふれた中身

「大気、基軸世界地球と比率に差異あるも生存範囲内。重力、基軸世界地球と同程度。空間放射線、基軸世界地球と同程度。気温及び湿度、基軸世界地球よりやや高めなるも生存範囲内。観測上安全、良し」

 転移服の内部から走査肢を使って環境分析を終わらせる。理論上、『異世界』において太陽系地球と同位置にあたる場所に転移するので通常は『地上』に転移するはずなのだが、中には『地球に酸素の存在しない世界』『地球に太陽風が吹き付ける世界』『地球全面が海に覆われた世界』果ては『地球の存在しない世界』なんてものもあるから、環境分析が終わらないと転移服から出る訳にもいかない。

 幸い、俺の踏み入れる世界は、取り敢えず地球そのものが危険という世界では無さそうだ。

「転移服、開け」

 転移服のキャノピーを開けて、外に出る。蒸し暑い。サウナの中にいるような感じだが、水分補給に気をつければ死にはしない程度の暑さだ。空気の臭いも、どことなく基軸世界の地球とは違う感じはする。

 真っ先に目に映ったのは、巨木だ。巨木が生い茂っている。木々の表面には鱗のようにも見える表皮がある。恐らく、遙か過去に葉が落ちた痕跡だ。足下には、枯れ木や枯れ葉が折り重なっている。

「ヤシ類か――木本シダ植物?」

 アナログカメラで木々の写真を撮る。一応防湿防塵のカメラではあるが、湿度が高いから、手短にしないとレンズに結露の影響が出そうだ。

 虫が這い回る音がする。カメラを向ける。巨大なゴキブリがいた。

「うおっ」

 反射的にシャッターを切ったが、ブレたかも知れない。ゴキブリ類は、本来森林の中で落ち葉や死骸を食べているだけの生き物だ。別に野山で出くわしても有害でも何でもない。そうは分かっていても、少しぎょっとする。

 風を切る音がした。カメラを構えたまま上を向くと、巨大なトンボが何匹も飛び回っていた。

「石炭紀かよ!?」

 基軸世界の地球にそういう地質時代がある。木質を消化する菌類が現れる前の地上では巨大なシダ植物と巨大な昆虫類が繁栄を謳歌していたのだという。そう考えてみると、この世界には地表が、土壌が余り目につかない。転移服の降着地点すら枯れ木の上だ。

「石炭紀の『現物』が見られるという意味では希少は希少だけど、これだけだと『基軸世界でも起きてたこと』でしか無いんだよなあ……」

 旅行会社をやってる知人に言わせると、旅行先として評判がいいのは、基軸世界では過去も含めて全く体験できないような『if』に触れられる世界なのだという。『ファンタジー世界群』と総称される、魔法や妖精の実在する世界が代表的だ。次いで『ある程度は基軸世界と同じ事が起きているが途中から全く別の歴史に分岐した世界』、例えばソビエトロシアが制覇した世界やら、モンゴリアの覇権が現代まで続いた世界のような。『絶滅種のいる世界』のような、過去の出来事を追体験するような世界は、その次なのだとか。

 旅行者にとっての良し悪しと探検家にとっての良し悪しは必ずしもイコールではないが、『箱の中』を開けてみたらタイムスリップの疑似体験でした、というのは個人的には少し落胆はする。

「もう少し、歩いてみるか」

 石炭紀に類する世界というのなら両生類の地上進出は始まっているはずだ。せめて両生類に独自性があるかどうかくらいは記録してから戻りたいものだ。そう思ったので、荷物を背負って歩を進めた。

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