刺激が欲しい
惣山沙樹
刺激が欲しい
作るのが面倒だからと夕飯は宅配ピザにした日のことだった。兄が唐突に言った。
「なんか……こう……刺激が欲しいんだよな」
「……えっ? タバスコかける?」
「いやピザじゃなくてさ。俺辛いの嫌いだし」
「じゃあ何さ?」
僕は次のピザを取ろうとした手を止めて兄の言葉を待った。
「ほら……なんか一緒に過ごすの当たり前になってきてさー、マンネリ化してきたじゃん?」
「えっ、そんなこと思ってたの? 僕は全然そんなことないけど?」
「俺はもう少し新しいことがしたい」
兄が言いたいことはなんとなく掴めてきた。とりあえずマルゲリータを一つ自分の皿に入れて僕は言った。
「僕は普通でいいよ。家庭教師とか養護教諭とかさせられるのもう嫌だし」
「えー、瞬けっこう演技上手かったじゃん」
「僕がどれだけ準備してたと思ってるの? 大変だった割にそんなに乗れなかったし、ああいうのはもう無しだからね」
「じゃあ場所変えよう。例えば」
「外とか絶対嫌だからね。汚いし虫とか出そうだし」
むっと唇を結んで兄は睨みつけてきた。僕は大きな口を開けてマルゲリータにかぶりついた。兄はまだ何か企んでいるらしい。目がぎらついていた。
「じゃあさ……新しく服買ってやるからさ……」
「確かに女装は嫌いじゃないけど、なんで僕ばっかり。次は兄さん着てよ」
「ハァ? 俺は似合わないから無理」
「ネコミミくらいつけなよ」
「瞬がやるから可愛いんだろ。俺はそういうの向いてないから」
兄はわざとらしく大きなため息をついた。
「瞬ももっと積極的に考えてくれよ。刺激の出る方法」
「刺激ねぇ……」
別にいつも通りでいいんだけど。というか、実の兄弟でやってる背徳感なんかとっくに薄れてるなこの人。僕は刺激のことを一応考えつつ、もぐもぐと残りのピザを食べた。
そんな話をされた後ではやる気にならない。僕はとりあえず酒で潰すことにして兄にビールをすすめた。ソファに座って、既に何回も観たSF映画を流しながら、どんどん飲むようあおった。それは成功した。
「瞬……無理ぃ……ここで寝る……」
「はいはい」
兄の図体はデカいのでソファに横たわると足が大きく飛び出すのだが、本人はそれを気にする様子もなく、僕の太ももを枕にしてすぅすぅ寝息をたてはじめた。
「はぁ……何か買ってもいいかな……」
僕はスマホで検索を始めた。大抵の物は持っていた。今でも十分アブノーマルなことはしていると思うんだけど、まだ足りないのか。そして、刺激の出る方法を僕なりに考えて考えて、ようやくたどり着いた。
「ん……送料無料か……安いし、ものは試しかな……」
僕は勢いでそれを購入した。
「兄さん! 刺激の出る物届いたよ!」
兄は怪訝そうな顔をした。
「はぁ? ローションじゃねぇか」
「メンソールローションだよ! スーってするらしいよ!」
「刺激ってそういう意味じゃねえよ! シチュエーションとかのこと言ってたんだよ!」
「あっ、そうなの?」
僕も考えすぎてよくわからないことになってしまっていたらしい。
「でも、せっかく買ったのに……使わないと勿体ないよ」
「まあ、そうなんだけどさ。大丈夫なのか? それ」
「わかんない。とりあえずつけてみようか。兄さんお尻出して」
「待て待て待て! まずは腕とかにつけて試してからにしろって!」
容器の中に入っている時は青かったのだが、手に出してみると透明だ。いつも使っているローションと変わらなかった。兄が自分の袖をめくったのでそこに塗った。
「どう、兄さん」
「なんとなく……スースーするような……」
「あんまりわかんないよねぇ。やっぱりお尻いっちゃおう、お尻」
「今夜は順番的に瞬じゃねぇのか?」
「ちゃんと正の字表見た? 兄さんだってば」
役割の回数で揉めたので、僕たちはいちいち記録するようになっていたのだった。兄は面倒くさそうに言った。
「はいはい、脱げばいいんだろうが脱げば」
何の恥じらいもなく下着ごと一気にズボンをおろす兄。僕はもう一度ローションを手にとってベタベタすりこんでいった。
「ちょっ……待て、瞬……やっぱり粘膜の部分はヤバい……来る……」
「あっ、そうなの? じゃあやめとこう。洗ってきてよ」
「何言ってんだ、瞬が買ったんだろ! とっとと突っ込めよ! 生でな!」
「やだ。せめてゴムする」
「一緒に苦しめよ! あー! ジンジンしてきた!」
結局、兄が先に手を出してきて、殴り合いになった。
刺激が欲しい 惣山沙樹 @saki-souyama
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