箱の中身

わたくし

覚悟を決める

 曹操の軍師荀彧は、江南の孫権を征伐する遠征軍に、仮病を使って従軍をしなかった。

 最近、丞相曹操が自分に対して日増しに冷淡になっているの感じていた。


 丞相曹操は赤壁で大敗をしたが軍を立て直し、華北を平定して天下の三分の二を手に入れた。

 丞相に抵抗する勢力は江南の孫権と巴蜀の劉備だけであった。

 丞相の漢王朝での権勢はもはや皇帝をも凌いでいた。

 群臣の勧めで曹操を「魏公」の位に就ける提案が出た時、荀彧一人だけが猛烈に反対した。

曹操が義兵を起こしたのは、本来朝廷を救い、 国家を安定させる為であり、真心からの忠誠を保持し、偽りのない謙譲さを守り通してきたのだ、 君子は人を愛する場合徳義によるものだ、そのようなことをするのは宜しくない」


 曹操は九錫を賜い「魏公」の位に昇った。

 曹操の次の野望は「魏王」の位に、そしてその先は……


 その後、荀彧は尚書令を解任され、孫権との戦いに随行を命ぜられる。

 それを仮病で忌避したのだ。


 ある日、荀彧の宿舎に遠征先の丞相から病気見舞いの品が送られてきた。

 贈り物の箱は厳重に包装されていて、丞相自らの筆で封印されていた。

 荀彧は封を解き、箱の蓋を開ける。



 箱の中身は何も無かった。



 丞相自身が封印したので、箱の中身が空だと知っている。

 つまり、丞相は荀彧へ「お前は用無しだ」と宣言したのだ。


 贈り物を貰ったら返礼をしなければならない。

 もし、「箱の中は空でした」と言えば、

「私が与えた品物を入って無かったと申すのか」

「あれは、私が自ら中身を入れ封印した物だ、この無礼者め!」

 中身が「〇〇でした」と言えば、

「あれは、迂闊にも中身を入れないで封印してしまったのだ」

「それを適当な物言いで返答するとは、このごますり野郎が!」

 どちらを言っても自身の身が危うい。

 つまり、返礼が不可能なのだ。


 荀彧は全てを悟り覚悟を決め、自ら毒を仰ぎ自決した。


 荀彧の死を知った曹操は深く後悔をした。

 遺体を手厚く葬らせて「敬侯」とおくりなした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱の中身 わたくし @watakushi-bun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ