第15話

 *


 珍しくメンタルの調子が良かった。

 

 調子が良い――というのはこの場合あまり良い意味を持たない。


 そのままグラフが右肩上がりになり続けてしまうと、躁になってしまうからである。


 ただ、今日は違った。


 右肩上がりにならずに、丁度良い所で止まり、そのままの状態で止まってくれた。


 そう言えば、体調やメンタルの調子が良い時に執筆するというのは、あまりしたことがないような気がする。


 いつだって、悪い時、辛い時、しんどい時、苦しい時――そんなことばかりを書いてきた。


 言ってしまえば、自己満足的な自叙伝である。


 そうして感情を世の中にぽんと提出することで、きっと誰かに分かって欲しいと思っていたのだろう。


 何と愚かなのだろうか――と思う反面、こうして冷静に分析できている自分が、恐ろしくもある。


 落ち着いた時の自分と相対するのが、久方ぶりだからだろうか。


 これでまたメンタルが不調になったら、同じように自己満足、自己非難、自己批判的な文章が掲載されるのだろう。


 そこまで想定できるのなら、今のうちに前向きな物語を書き溜めておこうと思った。


 調子が良い時は、何でもできるような気になるのである。


 しかし気を付けねばならない。


 調子の良い時に入れた予定の決行日が、調子が良いとは限らない。


 分かりやすく「明日でメンタルの不調が来ます」と表記してくれれば良いのだが、そういう訳にもいかない。


 身体の調子である程度は推察できるけれど、それだって、確実ではないのだ。


 この良い調子も、あと一時間経過して、続いているとは限らない。


 少しだけ、世の中が明るく見える。


 色彩を帯びて見えるのである。


 普段は暗澹たる、自死のための構成要素としか見えない世界が、色付いて見えるのだ。


 それが、嬉しい。


 私は元々視力が良くないのに、私は眼鏡を常用していない。


 それはひとえに、世の中に見たくもないものが多すぎるからである。


 勿論、映画や初めて行く場所などには、眼鏡をかけていくけれど。


 輪郭なんて、ぼやけていた方が良いものばかりだ。


 ただ、調子が良い時には、少しだけ――ほんの少しだけ、眼鏡があればいいなと思ってしまう。


 そうすれば。


 この色彩豊かな世界を、心に留めておくことができるから。




(続)

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生きテイル 小狸 @segen_gen

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