自己管理の女

や劇帖

自己管理の女

 脱衣所で服を脱ぎながら、そういえばまだ歯を磨いていなかったことを思い出した。

 半裸のまま洗面台の前に立ち、上の右奥歯から順に抜いて一つずつ磨いていく。毎回歯ばかりを気にして歯茎の掃除を忘れがちになる。舌もそう。上の歯列が終わった流れで根元から引っこ抜いて舌苔を取る。

 本当は歯も舌も全部抜いて、空いた口内をまとめて洗ってしまいたい。でも、そうすると歯を戻す時、どこにどの歯を填めるか分からなくなる。抜いた後きちんと順番に並べておけばいいのは分かっているけれど。脱衣所は狭いし、微妙にものを置くスペースがない。出したら即仕舞うのが大事だ。

 下の左奥歯を元の場所に戻し、鏡に写るむき出しの歯列を確認する。化粧を落とすために顔面を外していたので唇をめくる必要はない。側壁のフックに引っかけておいた顔に手を伸ばし、元の位置に戻してから口をゆすぐ。そのまま服を脱いで浴室へ移動。

 髪を生え際からまとめて剥がしてトリートメントまでやって一旦置き、その間に身体を洗う。ついでに腕や脚の無駄毛を処理する。毎日風呂の時に五センチくらい一気に伸ばしてむしることにしている。中途半端な長さの時が一番見苦しいしむしりにくい。半端にうねるやつをグッと力を入れて伸ばす。すぐに引っ込むから結構コツがいる。

 髪と身体を流して湯槽に浸かり、ようやく一息ついた。いつもながら疲れる。面倒臭がりなりの雑仕事、それでもやっぱり面倒だ。ちゃんとしてる人にはあまりの手抜きっぷりに引かれるかもしれない。「えっ、○○やってないの……?」「それでちゃんとやれてるって思ってる?」こんな風に。ちょっと他人の前では披露したくない。旅行とか行ったらやばいだろうなと思う。

 そういえば、洗顔を終えた顔は浴室に持っていく方がいいのか、それとも先に保湿まで終わらせて脱衣室に置いておいておく方がいいのか迷っていたのを思い出した。手間を考えるなら後者がいい。どっちがいいんだろう。つきつめるといつ洗うかとかそういう問題になる。

 考えていてますます面倒になってきた。もう少し楽ができるようになったらいいのに。例えば全身専用の洗濯機に投げ込んで終わり、とか……いやいや。

 さすがに都合が良すぎる話だった。ため息一つついて湯槽から上がった。

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