第17話 幸せな花嫁
静かだったギャレット伯爵は、次第に頬を緩ませ、満面の笑みに変わっていた。
「すばらしい!こんなにもジュリエッタにそっくりだったとは!ヴィンセント、君以上にそっくりな女性はいないだろう。姉弟なのだからな!君がアンの代わりにジュリエッタになるというのなら、アンは見逃してやってもいい」
何ということだ。ヴィンセントは男性だというのに、容姿さえ似ていれば構わないと言うのかと、私は動揺を隠せなかった。
ヴィンセントを見ると、驚きを隠せないでいたが、気丈にもギャレット伯爵にこう話した。
「僕がジュリエッタ姉さんになれば、アンは解放するんだな?」
「だめよヴィンセント!」
「ああ、約束するよヴィンセント。必ず無事にアンを解放しよう」
ヴィンセントは苦しげな表情した後、覚悟を決めた顔をした。
「ギャレット伯爵。僕がアンの代わりになる。何でもするから、アンは解放してくれ」
その言葉を聞いて、私は絶望でしゃがみこみ、ギャレット伯爵は喜びに震えていた。
「やっと…やっと、私の最愛の妻のジュリエッタに会えるのか!すばらしい!あと少しだ!うれしいことがあった時や、お祝いする出来事があった時にいっしょに飲んでいたワインがある。それを飲んで、君の決意を見せてくれ!」
私は悲しみでいっぱいなのに、それを見せつけるというのか。なんて悪趣味なんだ。けれど、私はあふれる涙をこらえるしかなかった。
ギャレット伯爵は広間を出る前に、私に言い放った。
「アン、君はもう用済みだ。せいぜい、別れの挨拶でもしておくんだな」
上機嫌で隠し通路へ向かっていくギャレット伯爵を睨むことしかできない。なんて無力なんだろう。
泣いている私を、ヴィンセントはそっと抱き寄せた。
「泣かないで。僕は、君に出会えて幸せだった。君との思い出があれば、どんな辛いことが起きても大丈夫さ」
「あなたともっといっしょに居たかった…あなたといることが幸せなの。あなたがこんな目に遭うなんて…あなたと離れたくない…」
「それはダメだ。アンが幸せでないと、僕も悲しい。大丈夫、何とかやっていけるさ」
ヴィンセントは微笑みながら、私の頬を優しく撫でた。見つめることができるのも、これで最期だと思うと涙があふれて、まともに見れなかった。ヴィンセントの顔を、ちゃんと記憶に留めておきたいのに。
そんな中、無慈悲にもギャレット伯爵がワインとグラスを手に、足早に戻ってきた。
「ジュリエッタはお酒が好きではなかったが、このワインだけはおいしいと言ってくれてね。よく二人で飲んでいたんだ。さあ、新たな門出に乾杯しようじゃないか!」
ギャレット伯爵はグラスにワインをつぎ、ヴィンセントに持たせた。そして、乾杯を行った。
ギャレット伯爵はごくごくと美味しそうにワインを飲み、ヴィンセントはしばらくワインを見つめ、ゆっくりと口元にワインを近づけていった。
私はヴィンセントの様子を涙ながらに見つめていたが、急にパリン、とグラスが割れる音がした。
ギャレット伯爵が悶え苦しみながら倒れ込んだのだ!
「なぜだ…?なぜこんなことに…」
ヴィンセントはすぐにワインの銘柄を確認し、その後ギャレット伯爵を見つめていた。
息絶えたギャレット伯爵を見て、ヴィンセントは確信していた。
「ワインに毒が入っていたのか…」
「一体だれが!?それより、ヴィンセントはワインを飲んでない?体は大丈夫?」
「僕は大丈夫。そう言えば、ジュリエッタ姉さんが結婚した後、僕に送ってくれた手紙でこう書いてあったんだ。『伯爵はよく、私といっしょにワインを飲みたがるの。二人でできることがあるとすごくうれしそうにするから、私もうれしくなるの』と…」
「二人は愛し合っていたのね…」
「伯爵の束縛が厳しくなってから、もしかするとジュリエッタ姉さんが毒を入れたのかもしれない。伯爵だけを殺すのではなく、自分も死ぬつもりで…」
寂しげに呟くヴィンセントを、私は後ろから抱きしめた。予想を超える出来事ばかりのこの城での生活も、終わりを迎えることとなった。
ギャレット伯爵が死亡したことにより、城の財産はジュリエッタの弟であるヴィンセントが相続することになった。
花嫁達の遺体は遺族に戻し、お金に困っている城の使用人には十分なお金を渡した。使用人達は感謝を示し、このままヴィンセントの下で働きたいと言っていた。
私はあの後どうしたのかというと、純白のドレスを着て、結婚式に臨もうとしている。
扉が開くと、長い絨毯の先にヴィンセントが待っている。
私は偽りの結婚をしてでも、姉の死の真相にたどり着きたいと思っていた。それが、こんなにも幸せな結婚式を迎えることになるとは想像もしていなかった。
ありのままの自分でいたいし、彼もありのままでいてほしい。お互いを支え合う二人でいることを、誓い合った。
花嫁は白亜城の生贄 久世 真緒 @kuzemao
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