【KAC2024③】アイツの弁当箱

千織

アイツの弁当を食ってるのは俺です

コンビニのおにぎりにカップラ。

昼はいつもこの組み合わせ。

値上がりして懐は痛いけど、せっせと料理する気にはなれない。


昼休みになり、買いに出ようとしたら、先輩が営業から帰ってきた。



「彰人、今から昼? まだなら俺の弁当食べない?」


先輩の弁当は、彼女の手作りなはずだ。


「え、いいんですか? 俺はいいですけど……彼女に悪いですよ。家に帰ってから食べたらいいんじゃないですか」


「夜は夜で飯があるんだよ。そのまま持って帰ったら機嫌悪くするからさ」


そう言って、弁当箱を渡された。


「俺、ちょっとあっちの営業と飯行ってくるわ」


先輩は早速出て行った。




先輩の弁当箱は、曲げわっぱだった。

それだけで弁当が美味しそうに見える。

黄色の卵焼き、いんげんのベーコン巻き、定番の唐揚げ。

ごはんは白胡麻がかかり、梅干しだ。



一時期、自炊しようと思った時もある。

だが、俺には料理の才能は皆無らしい。


卵焼きはこんなにキレイな黄色にはならず、まだらに焦げる。

いんげんとか買ったことがないし、ましてベーコンで巻いて串を刺すとか、そんな手間の必要性がわからない。

唐揚げも手作りっぽい……。

よっぽど料理が好きなんだろう。

あと、ふりかけでなく白胡麻なのが憎い。

いかにも先輩の体を気遣っている。

梅干しだって、ほかの漬物に比べればお高いんだぞ。


なんて愛情ましましな弁当だろう。

食ってるの俺だけど。

なんか申し訳ない。

こんな良いものを、ポン、と後輩に渡すなんて、先輩は作る大変さや、有り難みがわかってないんだろうな。


むしゃむしゃと弁当を食べ終わり、そのまま返すわけにもいかず、職場の流しで洗って返した。

久々に人間の食べ物を食べた気がした。



♢♢♢



しばらくして、また先輩が弁当をくれた。

急な移動が入ったから、移動中に軽く食べたいらしい。

俺はもちろん受け取った。



その日は鮭弁当だった。

黒胡麻がかかったご飯の上に鮭が乗り、ブロッコリーの和物と、お肉と長芋とれんこんの煮物が詰めてある。


鮭は程よい塩味で食欲を掻き立てる。

黒胡麻はこんな小粒なのに香ばしい。

出汁しみしみのお肉と長芋に、れんこんの歯応え。

和食でまとめるかと思いきや、ブロッコリーの味付けはエスニックだった。

こんな小さな弁当箱に、これだけ飽きないような工夫をするなんて、たまげた彼女だ。


俺は手を合わせて、ごちそうさまを言うと、弁当箱を洗って先輩の机に返した。



それからも、度々先輩の弁当は俺に横流しされた。

時には、俺を外食に誘って、弁当は夕飯に食べればいいと、くれることさえあった。

弁当箱無かったら怒られませんか?と聞くと、職場に忘れたと言えば大丈夫だ、と言う。



♢♢♢



ある日の休日、大型スーパーで先輩が買い物をしているのを見かけた。

仲良さげな連れがいたので、もしや彼女?と思って見たら、男だった。

先輩に兄弟は……いなかったはず。


きっと友達だよな!


急にバグッた俺は、早くスーパーを出たくなって買いたい物も買わずにレジに並んだ。

こんな時に限って、列は混んでいてレジはなかなか進まない。



「あ、彰人」


声をかけられた。

こんな時に限って、俺の後ろに先輩たちが並んでいた。


「どうも……」


と、軽く挨拶したら、カゴの中が見えた。

長芋、れんこん、白胡麻、いんげん、ベーコン、鮭。

あの、ベーコン巻きに刺さっている串まで入っている。

生活用品も入っていて、友達の買い物には見えない。



まぁ……

だからって、俺には関係ないよ!

俺はただ食品ロスを無くしているだけさ!

それはそうと、早くレジのお兄ちゃん、終わってくんないかな!

くそ、こんな時に限って、研修生のレジに並んじまった!



ようやく会計をして、サッカー台に移動する。

買い物袋を出そうとしたら、こんな時に限って見つからない。

まごまごと探してると、横に、あの彼氏?彼女?が、かごを持って移動して来た。


なんでそちらの会計は早いの?

レジを見ると、先輩が会計をしている。

こんな時に限って、ベテランレジ係がヘルプに入ったらしく、早くレジが終わったようだ。

何回、”こんな時に限って”があるんだよ!



「あの、もしかして、俺が作った弁当を食べてくれてるの、あなたですか?」


俺のカゴの中が、カップラと割引惣菜だらけだからそう思ったんだろう。


「は、はい。先輩、お客さんと外食することもあって、その時いただいてました……。素晴らしいお弁当ですね……。いつもありがとうございます……」


こんなタイミングで買い物袋がひょっこり出てきた。

もう遅い。


「そうですか……。あの人は鮭の皮は食べないはずだし、洗い物なんかする人じゃないんで、わざわざ洗ってくるの、おかしいと思ってたんです」


彼は、買い物袋に詰めながら言った。


「もし、また食べる機会があったら、よろしくお願いします」


彼はちょっと笑って、詰め終えた荷物を持って先に歩き始めた。

先輩が、じゃあな、とこちらに声をかけて彼の後を追って行った。



♢♢♢



あれから、弁当の横流し頻度は増えていき、とうとう先輩は弁当を俺に横流ししながら、自分はコンビニ弁当を食べるようになった。


そしてついに弁当を持って来なくなった。



「俺の食生活の乱れが気にならないの?」


それはつまり、別れたってことですよね。


「誰か弁当作ってくれないかな……。彰人はダメだよね」


「どこからどうみても無理でしょ。俺が弁当作ったのは人生で2.3回くらいですよ」


そんなに弁当が大事なら別れるなよ。

あんな完璧な弁当。


「まあ、何を食べるかより、誰と食べるかだよね」


身も蓋もないこと言うな。


「夕飯を作ってくれる人がいなくなったから、今日晩飯一緒にどっかいかない?」


寂しいからって、俺を巻き込むなっつーの。




先輩が弁当を食わなくなった頃、俺はさすがに罪悪感があって、洗った弁当箱を拭いたあと、そこにお菓子を入れた。


すると、次に弁当が来たとき、包みの中に珍しく、ふりかけが入っていた。

そこに小さく電話番号が書いてあった。


せめてお礼をちゃんと言いたくて、電話をかけた。


逆に、「いつもちゃんと食べてくださって、ありがとうございます」と言われた。


彼は、修行中のシェフで、いつか自分の店を持ちたいらしい。

彼の働いているレストランにも行ってみた。

わざわざ挨拶に出てきてくれた。

シェフ姿で笑顔の彼は、スーパーで会った時とは別人で生き生きしていた。


レストランの味も良かったけど、やっぱりあの弁当が好きだというと、俺の好みを先輩の弁当箱に詰めてくれるようになった。

それから度々うちに来て夕食を作ってくれるようになり、彼は先輩と別れた。



彼の弁当は好きだが、ここに持って来るわけには行かない。

そればかりが残念だ。



-完-

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