下編
4
「ふーむ。完全に避けられてるね」
スマホを片手に杉崎は言った。
「文字だらけのから、生まれたばかりの掲示板までその話題でずっとスレッド立ってる」
「SNSもだ。ハッシュタグまである」
俺もスマホを弄りながら言った。#ヤバい赤いうち、とかすごいね。
「そのくせ、オカルトマニアすらここに来ねえ」
がらんとした庭に、俺と杉崎だけがいる。
よく冷えた初夏だった。
木陰は、円と暗い輪を重ねたみたいな幾何学模様を地面に作ってみえた。ガタンゴトンが過ぎると、風が木々を揺らした。
いくつかあった問い合わせは一斉キャンセルになった。そのあとの連絡も音信不通だった。こういう物件は冷やかしみたいなのが来たりすることもあるが、今日は本当に誰も来ない。日曜日の天気のいい昼下がりに俺と自主出勤してるただ働き杉崎の二人がいるわけだ。こんなときでもそれじゃあどうやってお客を連れてこようかって考えてる俺はちょっと頭がおかしくなってるのかもしれない。俺は言った。
「こうなったら駅前から呼び込みしようか。内覧会だけに」
「どういう意味よ」
「この家、いらんかい? なあいらんかいって。内覧会だけに」
風が木々を揺らした。
「だっさ」
一言で杉崎は黙殺した。居心地が悪くなったので、俺は杉崎の手をとっておどけてみせる。
「いっそ、ふたりではいっちゃおっか?」
「え? 新婚さん気分で?」
えへへ、と二人で照れる。って言って、入るわけがない。目の前で杉崎が飛び降りるのを見るのも嫌だし、俺も飛び降りたくない。そもそも杉崎となんで新婚さんになれるんだよ。
そのときだった。
「邪魔するよ」
と言われて、俺と杉崎は仲良く飛び上がった。
そこには老人が立っていた。
薄汚れた茶色い帽子をかぶった男だった。ボロボロになったカシミアのインパネスを着ている。皺にまみれた顔の眼の下にはどす黒いクマが浮かんでいて、白目が透き通るように真っ白だった。瞳はきらきらしている。澄み切った怖さだった。
重いノイキャンが働いたみたいな静けさが耳に満ちた。
「内覧させて頂いてもよろしいかな」
「え? えっと」
答え損ねた俺に老人はもう一度繰り返した。飛び入りか? どうしよう、とでもいうように杉崎を見ると、彼女はわなわなと震えていた。見たことない姿だ。口紅の下からも唇が青ざめているのがわかるくらい。
「はい」
と口調だけ笑顔で杉崎は言った。
「よろこんで」
「おい」
と言いかけた俺に強めの肘鉄を食らわせて杉崎はぎこちない笑顔を寄越した。そして赤いおうちの玄関を開けにいく。
「どうしたんだよ。なんか変だぞお前」
ぎょろりと杉崎は睨め上げて何か言おうとして、それからしっかり口を閉じて鍵を開けた。17世紀の墓守が似合いそうな肌の色になっていた。なにか言うよりも、その代わりに杉崎は小さな声で指先でこっそり俺の手に星を描く。
「せめて先輩だけでも守りたまえ」
「おいおいどうした」
「お待たせしました、様」
杉崎が呼ぶ。老人はいつの間にか俺の後ろにいた。
「ご案内してくれるかな矢部くん」
「ああご予約の方でしたか。失礼しました」
俺は苦い顔を隠さずに言った。この爺さんがいやとかいうわけではない。この内覧会の選抜に、俺は幾つかルールを設けている。その一つが、若い健康な男女に選ぶこと。2階から落ちてうっかり死なないようにだ。それなのにどうやら俺は間違ってこの爺さんを内覧者に登録しちまったらしい。でなきゃどうして爺さんが俺の名前を知っている? 矢部くん、って。
今初めて出た名前なのに。
「矢部くんだけでいい」
ついてこようとした杉崎を老人がピシャリと止めた。
「しかし、様」
杉崎がなんと言ったのかわからない。顧客の名前くらい知っておきたい。ん? 俺は気づく。そもそもこの予約は杉崎がとったのではないか。そうか、と閃く。これはきっと杉崎の顧客なのだ。彼女が誤って取ってしまった老人の客。だからあんなに青ざめてたのか。その程度で顔を青ざめさせるようなタマじゃあないはずだが。
「失礼しました、様」
黙って睨まれた杉崎はお辞儀をして引き下がった。老人は窒息していろと杉崎に命じる。
「罰だ」
「はい、様」
杉崎は素直に、自分の両手を喉に当てて思い切り締め始めた。まあ罰を受けているのなら仕方ないなと俺はお客様を赤いお家にご案内した。げえ、ええ、と喘ぎながら転倒する杉崎を置いて。
5
赤いおうちはいつも通りだった。がらんとした部屋に2階へと続く階段。設備維持に何度か施工業者が入っているが彼らは異変に巻き込まれない。俺が飛び降りないのと同じように。靴を脱いで入る俺に続いて爺さんは土足で入って来た。
「いいんだよ。ここは俺が買うんだから」
と爺さんは言った。
まあ、買ってくれるならいいか。
浴室に通じる洗面所で俺は床板を上げる。
夢の通りに、黒い通路が顔を見せた。
ここを案内するのは初めてでウキウキする。杉崎も知らない場所だって、俺は知っている。
「ここから地下室に入れます」
「中には何が入っている?」
「拷問機器です」
俺は快活に応える。
中には三角木馬や磔台があります。苦痛の梨みたいなものから幾種類かの針までも。老人が問いかける。君は変だと思わなかったのかな。質問の内容が理解できない。変? 変ってなんです? 元々部屋についていた設備ですから。要らないなら処分していいですよ。
夢のなかで教えて貰ったんです。
理想のお客様のための家なんです。
「いや結構」
この爺さんなら地下も見たいかと思ってちょっと残念だったが、俺は台所の案内をした。オーブンからいい匂いがする。中にはちょうどよく焼けた子豚が入っていた。杉崎が手に書いてくれたお星様がチリチリと痛む。俺は苦痛にちょっと眉をしかめて言った。
「こりゃあ歓迎のご馳走ですね」
と俺が言うと、
さん
はさもあろうと頷いた。
子豚の頭に生えた金髪はちりちりに焦げていた。
結局ここでは何も起こらなかった。ただ俺は爺さんと一緒に2階の小窓から庭を見下ろしていた。庭は雑草がポツポツ生えて赤い土が見えていた。他に見えるものといえば杉崎が顔を真紫にして自分の首を絞めていただけだった。いつも綺麗にしている襟元が泥とゲロで汚れていた。
さんが言った。
「あの女がなぜ死なないかわかるか?」
さんが言った。
「そりゃあただの罰だからでは?」
さんが笑った。
「本気で絞めているのさ。でも死なんのだ。それはこの家のおかげだ」
この老人が何を言っているのかわからなかった。ただ彼は早く契約をしたがっているのはわかった。俺は老人と玄関から出て、舌を突き出して苦しむ杉崎のところに行った。
「もういいでしょう」
と俺が言うと、さんはそうだなと言った。途端に大きく杉崎が息を吐き、深呼吸した。大丈夫かと声をかけると杉崎が猛烈な勢いで殴りかかって来た。苦しかったから仕方ないよなと俺は殴られ続けた。手の甲の星がむなしく瞬いた。その傍で老人がゲタゲタと大声で笑っていた。苦しいくらいに咳き込みながら笑っていた。
6
こうして赤いおうちは売れた。
俺たちは老人と一緒に事務所に行き、その場で精算した。土地代も含めて、驚くほどの安値で売ったことになるが社長は文句言わなかった。むしろ札束で一括払いに済ませた俺たちを称賛したほどだった。
杉崎は「ご褒美をください」と社長に暗い声で言った。
「私と矢部さんに一カ月休暇をください」
そのあと杉崎はあんだけボコボコに殴った俺を旅行に誘った。俺の頭はあれからちょっとふわふわしていて、杉崎は死にかけてたから不安なんだろうなあなんて思っていた。二人で四国に行き、熊野に行った。大きなしめ縄のある社の前で杉崎は「まがりまがりて虚ろにて」とか「今はまだそのときでは」とか祈っていた。俺は杉崎との旅行がもっと楽しくなるよう祈っていた。伊勢神宮に来たあたりで俺はだいぶ頭がはっきりしてきて「ごめんね」と謝った。伊勢うどんを食ってたときだった。
観光客が柔らかいうどんをもぐもぐしていた。インバウンドとやらで外国の人も多い。爆買い目当ての中国人は皆無で、でもファミリーではしゃいでいる姿は心を落ちつかせた。妙にぴかぴかしたメニューに英語と中国語と韓国語が添えてある。まつざかぎゅーとか聞こえてきて、夕食はちょっとステーキもいいなとか考えていた。
一方思いもかけないことを言われた杉崎は、不意にデコピンされたみたいに目を見開いて、俺を見ていた。
「なに?」
と尋ねてくるので俺は。
「お前が、首絞められてたとき、たすけないで」
と言った。
このときようやく俺は、あの爺さんがなんかよくわからん力で杉崎を苦しめてた事実に気づいた。なにが「罰」だよふざけんな。杉崎と一緒に旅行してる途中で気づいた。おのれ、とあのジジイを罵ろうとしたけど、名前が出てこなかった。あいつの名前なんだっけ。
なあ、とあの爺さんの名前を聞こうとしたら、杉崎は突然、俺が羽織ったカーディガンに爪を立て泣き出した。
「戻ってきた」
と彼女は繰り返した。
「戻ってきた! 戻ってきた!」
観光地のうどん屋で不思議な嬉し泣きをする彼女の肩を抱いて俺は、今度杉崎があんな目にあわされた場合は、絶対相手をぶっとばしてやると心に誓った。
7
流石の俺も旅行から戻ったら、杉崎が厄除けのためにあちこち連れ回したのを理解した。
なるほど。
そして俺が、死にかけてる同僚を放置し続けてたと言う事実がじんわり効いてくる。杉崎はそんな俺を守る為に、あの星を手の甲につけてくれたってわけだ。
何度も謝ったが彼女は「もうあんたの謝罪は見た」とヘラヘラしていた。ただ口で言う割に杉崎は油断しなかった。あの老人が仕掛けてくることをしばらく警戒していた。
「自分が死なないように、あの家を買ったのさ」
と杉崎はある日私に告げた。
おでんやだった。
もうコートを着ないと朝の出勤は耐えられない時期だった。ふたあし早いクリスマスの宣伝が街を汚染し始めていた。あいかわらず杉崎のシャツの襟はぴかぴかに白くて、切りそろえた黒髪の隙間から見える首筋は、黒い部屋に差し込んだ白い影のように目にくっきりと映える。俺はおちょこを傾けて言った。
「死なないため?」
「ありゃあ厄い。ほんと厄い。私もさすがにあんなの見たの初めてだ」
杉崎より、強大な力を持っていた爺さんはありとあらゆる方法で我が身を守っていたのだと言う。赤いおうちが手を出せなかったのもそのせいだと。
「それでも人はいつか寿命がくる。身体の衰えはいかなアレでも耐えられなかったんだろ。
だからあの家の力が欲しかったのさ。
あの家に居る限り、どんな怪我をしても死なない。寿命でも死なない。病気もかからない」
俺は驚いた。
「杉崎知ってたの?」
「まさか。一ヶ月一緒に旅行したでしょ? あのとき本気になって調べてたんだよ」
俺は驚く。神社やお寺にお参りに行ってただけにしかみえなかったけど、いつのまに。お遍路で二人並んでピースしてる写真も残ってる。厄払いついでに遊んでたんだと思ってた。
俺たちはおでんを食べていた。カウンターだけの店で、たまごと大根を選んだ。しばらくして俺は、疑問を投げかけた。
「そんなにヤバいかなあ。あの爺さん」
「なぜ」
怪訝な顔をする杉崎から、俺は汁の染みたガンモに目を移す。
「だってさあ、あそこは地下に拷問部屋あるだろ」
「は?」
なにそれ、話に脈絡ないよ、という杉崎が面白くて、俺はべらべらしゃべった。もう話してもいいって、誰かが記憶のフタを開いてくれたみたいだった。だから俺はしゃべった。
もう「忘れた」なんて嘘をつく必要はなかった。
「あそこさあ、使用済みの鋼鉄の処女まであるんだぜ。鋼鉄の処女が見世物だったって理由知ってる? あれは人を詰めてフタをしようとしても、針がジャマしてなかなか入らないんだって。頭蓋骨も固いから針が通らない。でもぎゅって出来れば違うんだ。男も女もにゃあにゃあ泣きながら何個も転がるんだよ。それで二階には縄が一杯ぶら下がってるんだ。ぶらぶらって。風がないのに揺れてるんだ。あはは。でも拷問部屋から上がってきたところでお風呂があるのは合理的だよな。身体が綺麗にできる。浴槽のお湯はぐるぐる回って排水されるんだ。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるって。わたしはずっとそれを見ながらわあわあわああって言うんだ。わあわあわあって。119番はつながらないんだ。そんで全部案内するまえに、みんな飛び降りちゃうんだよ。ざんねんだなあだからオーブンのなかには穢れた赤んぼうが」
おでんやの親父は黙って沈んだ厚揚げをすくい上げた。
目を丸くしていた杉崎が手をあげる。
「こら!」
ビンタされて目が覚めた。
ため息をついた杉崎は「たしかにヤバい場所だったわ」と頭を掻いた。
「ヤバい奴同士でお似合いだわ」
俺は自分でも顔をぴしゃぴしゃ叩いて、酔った酔った、とごまかした。
「それにしてもさ。どうしてあのおうちは爺さんを受け容れたんだろうなあ」
俺は杉崎に尋ねた。彼女はなにか知ってるような気がしたからだ。
「確かに、あそこにいたら絶対に死なないっていってたんだよ。あの爺さん」
絶対死なないおうち。
言われてみたら内覧客がどんなに二階から落ちても、怪我しこそすれ、誰も死ななかった。
だからあのヤバい爺さんは、あの家に固執した。その杉崎の説明は確かに腑に落ちる。あの家で爺さんは何があっても絶対死なない。あの爺さんが気に入った理由はよくわかる。
でもさ。
あのおうちは、いったい何が気に入ったんだ。
杉崎も頷く。
「ただでさえ自分の死を他人に押しつけてるくせにね。あいつ」
自分の喉元を撫でて、首を左右に振った。
「でももうこの話はおしまい! あの爺さんもついにちょっかい出してこなかったし、矢部ちゃんも怖いものいっぱい見ちゃったみたいだしさ」
杉崎は俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、それからなにかに思い当たったみたいに動きを止めた。それから、あんたさ、と独り言のように言った。
「壊れやすい玩具を何個も買うのと、壊れない玩具を一つ手に入れるのとどっちが好き?」
8
その夜、夢を見た。
久しぶりにあの家の夢を見た。
目が覚めるとピンクの象のパジャマを着て、駅前に立っていた。
小さい頃に着ていたパジャマだ。まだかわいい子供だった頃に着ていたやつ。俺が俺になる前の、今の身体にはぴったり合う。
駅は、あの駅だった。ぐるりと見ればすぐわかる。
駅前の住宅地なんてだいたい見通しがいいんだよ。
いたるところに隙間がある。広々とした庭や放置された古家もあって、本当にこの周囲に人が住んでいるのか不思議に思うことがある。電車の音だけガタンゴトン。
犬をつれた人とすれ違った。それだけでちょっとだけ気持ちが明るくなる。ただ、空は灰色だ。雨のにおいはしない。
靴を履いていないから、足が軽い。スーツを着てないから、身体が軽い。全身の重たいものをなにもかも脱ぎ捨てて来れるから、夢の世界は好きだ。
どこに向かっているかはよくわかっていた。
小さな家だった。
あんな話をしたからだろう。イメージに引っ張られて、あの家の夢を見たのだ。
赤いおうち。
赤い切妻屋根に縦長半円形のドア、左右に小さな窓。壁もない空き地に急にこんな物件が出てきて、皆ぎょっとするんだ。でもいつ見ても。
「絵本のおうちみたい」
俺は思うんだ。
目を細めるんだ。
ドアが口で両サイドの小窓が優しい目だ。そして額の辺りにも、小さな窓がある。目みたいな小さな窓がある。玄関を上がるとすぐ側に階段がある。廊下にはトイレ、洗面に浴室、奥にオーブンつきの台所。あと、暗い地下室。おいでおいでといつもは開いていたドアが今日は閉まっている。
庭にはのぼりが幾つか立っていた。汚れた布に赤黒く固まったなにかが字をつくっている。
「な、い、ら、ん、か、い」
必死に、誰か来るように、気づいて貰えるように立てたのぼりのある場所だけががらんとして見通しがよい。こんなに鬱蒼と木々の茂る場所なのに。
何本も立つ、のぼりの隙間を縫って歩く。あかいおうちの鍵は持っていない。鍵はこの家の持ち主が持っている。ノックをすると、内側からドアが開いた。
さんがいた。
杉崎が言ってたみたいに、生きていた。
どんな目にあっても。
薄汚れた白髪交じりの髪が乱れていた。かつて白かったシャツは油染みが固まったような色をしていた。皺にまみれた顔の眼の下にはカサカサに渇いたクマが浮かんでいて、白目は真っ黄色に濁っていた。瞳は真っ黒だった。
「あ」
とこの家の持ち主は言った。
「なあ、いらんかい?」
杉崎に首を絞めさせた強大な老人が、すがるように話しかけてきた。
「この家、いらんかい?」
「は」
「あんた、この家、いらんかい?」
一歩後ろにさがった。爺さんは折角の来客を追って家から出ようとした。出られなかった。一生懸命のぼりをたてるところまでが、精々だった。あののぼりは爺さんの服だった。身体中の血をなすりつけて書いた文字だ。
ないらんかい。
ないらんかい。
このいえをゆずるための、ないらんかい。
「出してくれ!」
爺さんは言った。
「この家から出してくれ! やだ! ちかしつはいやだ! 二階はイヤだ! オーブンのなかはもういやだ!!」
肉の焦げるおいしそうな臭いがただよってくる。見上げた窓にはぶら下がる縄が踊る。爺さんはドアの外側に手をかける。身体を引き剥がそうとする。渾身の力を込めて。爺さんの身体から火花が散る。あれが多分、爺さんの身体を守ってた何かなんだろう。私の手に、杉崎が刻んだ願いの星みたいに。でももう手遅れだ。絶叫が聞こえた。
ドアがしまると同時に、音が途切れ、目が覚めた。
ベッドに起き上がり、荒い息を吐く俺の隣で、杉崎の白い手が、俺の手に重なる。
「怖い夢、見た?」
「赤い家の夢見た」
言葉にして、恐ろしくて泣いた。
やっとわかった。
今までの客は、飛び降りたんじゃなかったんだ。
すぐ壊れる人間だったから、あのおうちには要らなかっただけなんだ。
壊れないように遊ぶのはたいへんだから。壊れたおもちゃは退屈だから。
だから二階から捨てたんだ。
お帰りはこちらと、放り出したんだ。
そしてついに壊れないおもちゃがやってきたわけだ。
俺が最後に見たのは、にっこり笑うおうち。
コリコリと骨食む三つ目の赤いおうちだった。
了
赤いおうち ~杉崎と俺の不動産日記~ 黒川十九彦 @julikiss
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