栂の木の
月夜野すみれ
一、五月闇 倉橋山の 郭公 覚束なくも 鳴き渡るかな
五月十三日――
「明日香君、調べてきた?」
休み時間になると、
席が隣になった時、
「カモって呼ばれるのイヤだから『カモミ』って呼んでね」
と言われて、
カモよりアヒルの方がいいのか……?
と思ったがカモミと言うことはカモなのか? と思い直して黙っていた。
どちらにしろ『カモミ』と呼ぶのはハードルが高いので一史は『賀茂さん』と呼んでいる。
弥奈は手に小さな紙切れを持っていた。
「うん」
一史が頷くと、
「明日香君は『
弥奈がそう言ってぼやいた。
「何の話?」
側で二人のやりとりを聞いていた志賀聖子が訊ねてきた。
「宿題だよ」
弥奈が答えると、
「えっ!? なんかあった!?」
聖子が驚いた様子を見せたので、
「あ、部活、部活」
と弥奈は紙を振って見せた。
「え? 弥奈、部活入ってた?」
「古典文学愛好会に入ったんだよねぇ」
「え、お
俺はお堅いと思われていたのか……。
「だって今年のドラマ、平安時代じゃん。好きな俳優さん出てるからさぁ」
「そりゃ、古典文学書いた人が出てるけど……あのドラマ、文学の話なんか出てこないじゃん。日記の名前すら出てこなかったし」
聖子が薄笑いを浮かべる。
出てこなかったのはまだ名前がなかったからじゃ……。
「そうだけど……古典文学のこと書いたファンレター贈ったら注意を引けるかなって」
「宿題なんか出るような部活なんて楽しい? 授業終わっても勉強なんて」
「この前の
「どんなことしたの?」
「紙に書いてある歌枕の場所を読んだ歌を調べたの」
弥奈が説明する。
今回の枕詞と同じく、歌枕が書かれている紙が箱に入っていてそれを部員達で引いて調べたのだ。
「歌枕の場所っていっぱいあるでしょ」
聖子が言った。
「うん、旅行先の下調べみたいで面白かったよ」
弥奈がそう言うと一史が同意するように頷いた。
「へぇ」
「一通り終わったから今度は枕詞なんだけどさぁ、あたしの枕詞マイナーでさぁ……」
弥奈が溜息を
「なんて言葉?」
「『
「で、明日香君が『白妙の』なんだ」
聖子の言葉に一史が頷く。
「『白妙の』は有名なのがあるから調べる必要ないもんねぇ」
「さすがに調べなくても分かるようなの提出するのはどうかと思ったから別の和歌調べたよ」
一史が答えた。
「うそっ!? 真面目だぁ」
「楽しそうだけど、歌枕は終わっちゃったんだ」
聖子が言った。
「そのうちまたやるって言ってたよ。歌枕の歌はいくつもあるから」
近畿地方ばかりで他の地方は無いか、あっても一つ二つだろうと思っていたのだが、調べてみたら東北から南九州までいくつもあったので地方ごとに分けても一度では終わらなかった。
「歌枕ばかりでも飽きるからって枕詞やることになっただけだから」
「へぇ、そうなんだ」
「聖子も入ったら? 詳しいんでしょ」
弥奈が誘った。
「う~ん、どうしようかな~」
聖子はもったいぶったように答えてから
「東さん、こう言うの、好きじゃなかった? 入れてもらえば?」
と声を掛けた。
なんでいきなり東に話を振るんだ……。
「え、あ、興味ないわけじゃないけど、よく知らないし……」
突然話を振られた聡美が慌てたように手を振る。
「知らないのは俺も同じだよ。俺なんか先生に頼み込まれたからだし」
一史はたまたま職員室に行ったところを顧問の教師に捕まり、部員の数が足りなくて廃部になりそうだと泣き付かれたから入ったのだ。
夏には三年生が抜けてまた足りなくなってしまうがそれはどこの部でも同じなので春までは目を
四月に新入生が入部してこなければ部員が足りなくて廃部だが。
「もし東さんが入ってくれれば来年の四月に新しい部員勧誘してこいって尻を叩かれなくて
あと二人入部してくれれば来年の春新入部員の勧誘に
一史達が卒業したら、また足りなくなるがそのとき廃部の心配をしなければいけないのは一史ではない。
最近楽しくなってきて来年廃部になったら残念だと思うようになってきたのだ。
「え、そうなの?」
「うん」
「そっか……」
聡美はそう言って考え込んだ時、予鈴が鳴った。
「考えといてよ」
一史はそう言うと次の授業の支度を始めた。
「明日香君、ちょっといい?」
次の休み時間、一史はクラスメイトの
「うん、なに?」
「部活、僕も入れてもらえるのかな」
「もちろん。実は男子、俺と一年生の二人しかいなくてさ……だから男子は歓迎だよ」
「そう、ありがとう。じゃあ、先生に申し込んでくる」
一史の返事に耕太は安心したような表情を浮かべた。
耕太はどちらかというとアニメとかの方が好きそうな感じだと思っていたのだが。
もしかしたらアニメでもやっているのか……?
理由はなんであれ、男子が入部してくれるのは歓迎だ。
放課後――。
一史が部室に行くと部員が揃っていた。
そして新しく入った聡美と耕太、それに聖子もいた。
もったいぶってた割にはあっさり入ったんだな……。
顧問の
「この中から一枚引いてくれ」
枕詞の書かれた紙の入っている箱を机の上に置いた。
三人が順番に箱に手をれて紙を取り出す。
「締め切りは明日だったんだが延ばした方がいいか?」
「一首でいいんですか?」
聖子が訊ねた。
「ああ」
「わたしは明日までで大丈夫です」
聖子はそう言って聡美と耕太に目を向けた。
「あ、ぼ、僕も……大丈夫です」
「私も……」
「そうか、なら一応明日だが、尾上と東と中野は明後日でもいいぞ」
垂水がそう言った。
五月十四日――くらはし山の
放課後――。
一史が部活に行く支度をしている時、
「大変だ!」
クラスメイトが駆け込んできた。
「部室で誰かが死んでるって……」
「え!」
教室中の生徒達が騒がしくなった。
「どこの部室?」
誰かの問いに、
「古典文学愛好会の……」
と言う答えが返ってきて一史は弥奈達と顔を見合わせると教室から飛び出した。
部室の近くに垂水が立って生徒達を制止していた。
「先生、何があったんですか?」
一史が訊ねると、
「どうやら棚が倒れてきたらしくて小野が下敷きになっていたんだ。救急車で病院に運ばれた」
と、垂水が答えた。
「え、救急車って……生きてるんですか?」
「そのはずだが……」
聖子の問いに垂水が面食らった様子で
どうやら倒れているのを見た生徒が早とちりして死んだと思ってしまったようだ。
「安全のため、部室にある棚は全部点検することになったから今日は部活は中止だ」
垂水の言葉に一史達は大人しく学校を後にした。
その夜のニュースで小野が病院で死亡が確認されたと報道された。
ニュースキャスターが学校の安全管理がどうのと言っていた。
五月十五日――ほととぎす
学校中が小野の噂で騒然としていた。
「やっぱり殺されたらしい」
「何がやっぱりだよ。お前そんなこと言ってなかっただろ」
クラスメイト達の話題も小野の話題で持ちきりだった。
「なぁ、明日香、お前の後輩だろ」
小林は一史が教室に入るなり声を掛けてきた。
「うん」
「何か恨み買うようなことしてたのか?」
「おい、よせ」
小林を別のクラスメイトの鈴木が
「学年が違うから部活以外の事は……」
一史が言葉少なにそう答えると鈴木が小林を向こうに引っ張っていってくれたのでそれ以上
「明日香君、どう思う?」
小林達が行ってしまうと今度は弥奈が一史に声を掛けてきた。
「どうって……そもそもホントに殺されたのかどうか……」
「先生が棚が倒れてきたせいだって言ってたでしょ。殺されたことにした方が面白いと思って言ってるだけよ」
聖子が横から言った。
「やっぱそうだよねぇ」
弥奈な納得したように頷くと授業の用意を始めた。
桜井紘彬警部補と如月風太巡査部長は病院から高校に向かっていた。
「あの……事故ってことは……置いてあったトロフィーが棚が倒れてきた時に落ちて当たったとか……」
如月が紘彬と並んで歩きながら訊ねた。
「検死の結果が出るまではなんとも言えんが……棚と一緒に落ちてきたにしては傷が深いな」
紘彬が答えた時、二人は学校に到着した。
校長と副校長は年配で、紘彬と如月が若いと見て取ると明らかに小馬鹿にした態度になった。
「本当に事件なんですか?」
いかにも、お前らにはそんなこと判断出来ないだろうと言いたげだった。
「警部補は国家公務員ですので」
如月が答えた。
校長への答えにはなっていないのだが校長と副校長の態度が
紘彬と如月は校長の許可を得て調べられることになった。
「国家公務員とか関係あるのか?」
「ああいう人達って肩書きに弱いので」
「肩書きって同じ公務員だろ」
「まぁそうなんですけど」
如月が紘彬に答えた。
紘彬は地方公務員より少し給料が高い程度にしか考えてないらしい。
一応警察の階級としては地方公務員の巡査部長より上なのだが。
「参るよなぁ。こっちだってやりたくてやってるんじゃないのに……」
「若造二人じゃ
如月が
紘彬は三十近いが若く見えるし、如月も二十代半ばなのだが童顔だから高校生と間違われることがあるくらいだから仕事で年配の人間に侮られることがよくある。
「ここ、桜井さんの母校ですよね。お知り合いの先生は……」
「公立は三、四年で移動になるらしいから。卒業したのが十年も前じゃ誰も残ってないな」
「三、四年で移動だと一周して戻ってきたりしないもんですか?」
「都立高は二百校以上あるから。一年ごとに移動しても生きてる間に戻ってくるのは無理だぞ」
そんな話をしながら二人は職員室に向かった。
五月十六日――おぼつかなくも
一史達が部室に向かおうとする前に垂水から部活は中止だと告げられた。
玄関に向かう途中、部室に警察官――と言うかドラマで良く見る鑑識のような格好をしている大人達が沢山いるのが見えた。
規制線が張られていて
五月十七日――鳴きわたるかな
一史は弥奈達と部室に向かった。
「うわ、真っ黒……」
部室を見た弥奈が引き気味に言った。
鑑識の黒い粉がそこら中に掛けられている。
「すまんが今日は掃除だ」
垂水の言葉に一史達はうんざりしたように溜息を
「あの……鑑識が来たってことはやっぱり殺人……」
尾上がおずおずと垂水に訊ねた。
「早とちりするな。事件の可能性があるのと本当に事件なのは違う」
「そ、そうですよね」
垂水に叱責された尾上が慌てて口を噤む。
「大宮君、休みかぁ。私も休めば良かった」
弥奈がうんざりしたように小声で呟いた。
その言葉に大宮がいないのに気付いた。
大宮は耕太が入部するまで一史以外でただ一人の男子だった。
だから今までは大宮が休んでしまうと女子ばかりで居心地が悪かったのだ。
だが今は耕太がいる。
尾上君が入ってくれて良かった……。
不意に、
「あら?」
聖子が声をあげた。
一史が振り返ると聖子が何かを拾い上げるところだった。
「『あさじうの』って誰?」
聖子の言葉に全員が一斉に振り返った。
互いに顔を見合わせる。
「誰も引いてなかったはずだぞ」
垂水は確認するようにノートを開いた。
それから頷いて、
「……やっぱり誰も引いてない」
と繰り返した。
「枕詞ですよね?
一年生の
部員達が全員黙り込む。
それを見た仁美が不思議そうな表情を浮かべて部員達を見回した。
「……『
誰も答えないので一史が答えた。
「え?」
「
『
「え……誰も引いてないのに小野さんが倒れてたところに小野に掛かる枕詞が落ちてたの……」
「まるで見立て殺人みたい……」
その言葉に全員が戸惑ったように顔を見合わせる。
「おい、小野は亡くなったんだぞ。不謹慎なことを言うんじゃない」
垂水が
「すみません」
由衣が慌てて首を
しかしその場にいた全員の脳裏にその言葉がこびりついていた。
掃除が終わると垂水は部員達を追い立てるようにして帰宅を促したので一史達は早々に学校を後にした。
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