二、五月闇 鞍馬の山 郭公

登場人物(古典文学愛好会)

(二年)

明日香あすか一史かずふみ:主人公

賀茂かも弥奈みな

尾上おのえ耕太

志賀しが聖子

あずま聡美

(一年)

小野明奈(死亡)

大宮祐二

結城仁美

春日かすが相子

朝霞あすか由衣

(顧問)

垂水たるみ荘一


五月二十日――五月闇――


 放課後――。


 一史が部室の前に着くのとほぼ同時くらいに他の部員達もやってきた。

 ドアを開け、一史が中に入ると先に来ていた聖子が机の前に立っていた。


「志賀さん、どうかしたの?」

 一史は中に入って聖子に訊ねた。

 他の部員達も続いて入ってくる。

 聖子は一史の方を振り返ると次々に入ってくる部員達に目を向けた。

「先週休んでた一年生、今日は来てる?」

 聖子の問いに、大宮と同じクラスの由衣に視線が集まる。


「……大宮君は亡くなったそうです」

 由衣が言いづらそうに答えた。

「亡くなったってどうして?」

 聖子が詰問きつもんするようなキツい口調で訊ねる。


 何もそんな聞き方しなくても……。


 一史がそう思い掛けた時、

「事故って聞きましたけど」

 由衣が答えた。

 その言葉に全員が安堵したが――。


「これがここに置いてあったんだけど」

 聖子がそう言って机の上から紙を取り上げて一史達の方に向けた。


〝しきしまの〟


「え……」

 一史達二年生は目を見開いたが、一年生の結城と春日にはピンとこないようだった。

 同じく一年の由衣も知らないようだが薄々勘付いているのか不安そうな表情をしている。

「『大宮』の枕詞……」

 聡美が呟くように言った。

 由衣は予想が当たったからなのだろう、顔が蒼ざめた。


 大宮が引いた枕詞は知らないが、引いたものなら本人が持っていてここには無いはずだし、何より先週部室を掃除したとき誰も気付かなかったのだから置かれたのはその後という事になる。


「朝霞さんが言うとおり、ホントに見立てさつ……」

 結城が言い掛けた時、

「やめなさい!」

 垂水の叱責しっせきが飛んできた。

 一史達が振り返ると、戸口に垂水がいた。

 二十代くらいの見知らぬ男性二人が一緒だ。


「先生、その人達は……」

「刑事さん達だ」

 垂水がそう言うと部員達が不安そうに顔を見合わせた。


 紘彬と如月は黙って部員達を観察していた。


「こちらは桜井警部さんと――」

「警部補です」

「――如月巡査」

「巡査部長です」

 如月が訂正する。

「――だそうだ」

 垂水が決まり悪さを隠すように咳払いをしながら言った。


「刑事って警視庁!?」

 弥奈が食い付き気味に質問した。

「いや、そこの警察署」

 紘彬が警察署の方を指差すと弥奈ががっかりした表情を浮かべた。

「でも、その若さで警部補ってことは優秀な刑事さんなんですね!?」

 耕太が身を乗り出す。


 お前もか……!


 一史が横目で耕太を見ながら胸の中で突っ込んだ。


「いや、国家公務員試験を受ければ最初から警部補だから。試験を受ければ簡単になれるぞ」

 紘彬の言葉に、


 勉強が大変ですよ……。


 如月が心の中で突っ込む。

 地方公務員の採用試験も難しいのだが国家公務員試験はもっと難しいからサクッと合格出来るようなものではないのだ。


「刑事さん達が来たってことは小野さんは殺され……」

「いや、それは検死結果を見るまではなんとも……ただ事件の可能性があるなら調べておく必要あるってだけだから」

 紘彬が耕太の言葉を遮って答える。

「捜査っていうのは事件だって分かってる時だけじゃないから。捜査した結果、事故って結論が出ることも多いよ」

 如月が補足した。


「俺達に話を聞きに来たんですか?」

「いや、懐かしかったから見学に来ただけ」

「え……」

「俺、ここの卒業生だから」

 紘彬が部室を見回しながら答えた。


「先輩ってことですか?」

「そ。可愛い後輩達の顔見に来ただけ」

 紘彬の言葉に反応に困った一史達は顔を見合わせた。

「ここんとこ部活出来なかったんだって? これ以上邪魔しちゃ悪いから帰るよ」

 紘彬はそう言ってから、

「あ、でも、それ渡してもらえるか?」

 聖子が持っていた紙を指した。

 差し出された紙を如月が手袋をめた手で受け取ると部室を後にした。


「あんなこと言ってたけど、刑事さんがあれ持って行ったってことはホントに見立て殺人って事?」

 弥奈が不安そうに言った。

「ここの部員が狙われ……」

「バカなこと言うんじゃない!」

 垂水が弥奈の言葉を遮った。


「でも、ここの部員の名字、被枕にある名前ばかりだよねぇ」

 弥奈がそう言うと、

「え、朝霞ってあった?」

 耕太が言った。

「朝霞は聞いたことないけど……」

「じゃあ、朝霞さんだけは大丈夫ってこと?」

 弥奈と耕太の言葉に部員達の疑うような視線が由衣に集まる。


「わ、わたしは……」

 由衣が慌てる。

「見立てが出来るほど和歌に詳しいのに自分だけ被害者から外れたら疑ってくれって言うようなものでしょ。それに結城だってないし」

 聖子がバカバカしいというように言った。

「え、あたしですか!?」

 今度は結城が狼狽うろたえたように言った。

「他にも無い人がいるって意味よ」

 聖子はぴしゃりと言って結城の言葉を遮った。

「…………」

 一史は何も言わずに全員の表情を見ていた。


「いい加減にしろ。部活を始めるぞ」

 垂水がそう言ったが部員達は心ここにあらずと言った様子で皆集中出来なかった。


 部活が終わり、垂水が職員室に戻ると紘彬と如月が職員室に入ってきた。


「学校を見て回られてたんですか?」

 垂水が訊ねた。

 紘彬のさっきの言葉を間に受けたようだ。

 母校というのは事実だが。


「いえ、署に戻ってたんです」

 小野以外に死亡した生徒がいるという話は聞いていなかった。

 警察署は近くだし、教師達に話を聞くにしても詳しいことは署で調べた方が確実である。

 それで一旦戻って調べてきたのだ。


「見立て殺人と言ってましたね。詳しい話を聞いても?」

「あ、いや、あれは生徒達の冗談で……」

「冗談なら話しても問題ありませんよね」

 如月にそう返されて垂水は言葉に詰まった。

 垂水は如月に促されて渋々部活の一環として枕詞を書いた紙のことを説明した。


「その紙、まだありますか?」

 話を聞いた紘彬が垂水に訊ねた。

 垂水は一瞬迷ってから、机の引き出しから紙を取り出す。

「紙に書いてあったのが『あさじうの』で、倒れていた生徒が小野ですか」

 そして今日、部室の机に『ももしきの』と書かれた紙が置いてあった。

 被枕は『大宮』


「小野は棚の下敷きになったんですから事故でしょう?」

 垂水が言った。

「棚を固定している器具が古かったそうですし、細工した後もなかったと聞いてます」

 紘彬は否定も肯定もせずに、

「箱もお預かりしたいんですが」

 と言った。


「桜井さん、どう思いますか?」

 校門から離れたところで如月が紘彬に訊ねた。

 これから警察署に帰るのである。

 如月は枕詞の紙が入っている箱を抱えていた。

 この箱は証拠品である。


「小野と大宮に接点があるかだな。それと大宮が殺人なのかどうか」

 そうなのだ。

 調べてみたが大宮は階段から落ちたのが死因だった。

 駅の階段だから突き飛ばされた可能性もなくはないのだが。

 わざわざ殺人を示すような紙を置いて連続殺人だと思わせたところでメリットがあるとは思えなかった。


五月二十一日――鞍馬の山――


 垂水は授業を終えて職員室の自分の席に戻った。

 椅子に座るとサプリを出して机の上のペットボトルの水でカプセルを飲み込む。


「それは?」

 カプセルを嚥下えんかした時、背後から声が聞こえた。

 振り返ると紘彬と如月がいた。

「これはビタミン剤ですよ」

 垂水はそう答えてから、

「何か?」

 と紘彬達に訊ねた。


「確認したいことがありまして」

 如月が答える。

「なんでしょうか」

「この箱と紙、先生が作った時のままですか?」

 如月が箱と証拠袋に入った大量の紙を置いた。


 垂水は箱を手に取って改めた。

 箱に変わった点はなかった。


 が――。


「『はるひの』は入れてない」

 垂水が言った。

「どうしてですか?」

「『はるひの』は『万葉集』にしか使用例がないから入れなかったんです」

「『はるのひの』なら……」

「間に『の』が入る場合、被枕は『春日かすが』じゃなくなるんです。ですが生徒達には授業で『はるひの』の被枕は『春日』だって教えてるので……」

 垂水が入れなかったというのが事実なら誰かが入れたと言うことだ。

 と言うことは――。


「部員に春日がいるんですか?」

 そう訊ねると垂水が深刻そうな表情で頷いた。

 紘彬と如月が顔を見合わせる。

 昨日紹介された中にはいない。

「最近休んでたので……」

 垂水が弁解するように答えた。


五月二十二日――郭公ほととぎす――


 放課後――。


 一史が部室へ向かっていると突然悲鳴が聞こえてきた。


 廊下の先だ……!


 一史は駆け出した。


 階段前の廊下に結城が倒れていた。

 側に膝を突いた弥奈が必死で揺すっている。


 一史はすぐに身を翻すと職員室に駆け出した。


 廊下を駆け抜け職員室に飛び込む。


 その後は蚊帳の外になってしまったので結城がどうなったのかは分からなかった。


五月二十三日――おぼつかなしや――


 朝、紘彬は警察署で結城に関する報告を聞いていた。


「結城は事故じゃないな」

 如月から報告を聞き終えた紘彬が言った。

「状況からして毒物の疑いが濃厚とのことです」

「それもあるが……」

 結城の鞄に『くさまくら』と書かれた紙が貼り付けられていたのだ。

 見落とすな、とでも言いたげに。


「『くさまくら』が貼ってあったとなると結城が狙いだったのは間違いないだろ」

 紘彬が言った。

 無差別でもなかったと言う事だ。

 誰でも良かったなら明日香、賀茂など、そのまま被枕の名字がいる。

 それこそ『春日』とか――。


「『はるひの』は違うプリンターで印刷されたものだそうです」

 如月が続ける。

「『くさまくら』もだろうな」

 今朝、事件の事を聞いて証拠品袋を見てみたが、やはり『くさまくら』はあった。

 箱の中に入っていた枕詞は一つずつだったから鞄に付いていた『くさまくら』は貼り付けた人間が別の場所でプリントしたものというのだろう。

 今、『はるひの』と同じプリンターで印刷されたものか鑑識で調べているところだ。


「『はるひの』は捜査を攪乱かくらんするためだったんでしょうか?」

「先に機会があった結城を殺しただけということも考えられるけどな」

「これでイタズラの線は無くなりましたね」

 小野や大宮は枕詞の被枕と同じ名字だと気付いた無関係の誰かが面白がって紙を置いただけと言う可能性もあった。

 だが結城は指摘されなければ見落とされる危険があった。

 それではっきりと分かるところに、無くならないように貼り付けてあったのだ。

 結城が狙いだったことを示すために。


『あさじうの』は落ちていたと言っていたし、箱の中には入っていなかったから偶々たまたま落ちた可能性がある。

『ももしきの』は机の上に置いてあったと聞いている――大掃除をした後に。

 だが小野は殺意の有無はともかく事故ではない。

 故意にではなかったとしても突き飛ばされたのは間違いなさそうなのだ。


 それと――。


 垂水が箱に入れた『くさまくら』の紙は警察署にあった。

 結城の鞄に貼ってあった『くさまくら』の紙は貼った人間が持ち込んだと言う事になる。

 確認中だがおそらく『はるひの』と同じプリンターで印刷されたものだろう。


「先生にもう一度見てもらった方がいいな」

 他に垂水が入れていない枕詞がないか。

 あるいは入れたはずなのに無くなっている枕詞がないか。

 もっとも、『はるひの』や『くさまくら』は他のプリンターで印刷したものだから箱に入っているかどうかに関係なくどの枕詞でも使えるという事になるが。


「小野と大宮について分かったことは?」

 紘彬がそう訊ねると、

「まだなんとも……。大宮は足を踏み外した場所が防犯カメラの外だったので事故かどうかは不明です。今目撃者を探しているようです」

 如月が答えた。

「共通点は今のところ部活と学年が同じということくらいです」

「とりあえず、話を聞きに行ってみるか」

 紘彬はそう言うと立ち上がった。


 休み時間――


「明日香君、結城さんの事、何か聞い……」

 弥奈が言い掛けた時、

「古典文学愛好会、また部員が死んだんだって?」

 と小林が話し掛けてきた。

「結城さん、亡くなったの!?」

「そうらしい。お前らの部、呪われてんじゃ……」

「よせ!」

 鈴木が小林をたしなめて廊下の方に引っ張っていってくれた。

 その様子を見てから弥奈の方を振り返ると、彼女は思い詰めた様子で俯いていた。

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