選択科目・冒険者知識応用1限目〜宝箱の開け方編〜

ムタムッタ

1限目 宝箱・開け方の技術



 冒険者たるもの、知識は自分で蓄えなければならない。



 とはいえ、一人でできることなど限界がある。ここは、知識を得たい冒険者が集う学舎、その一室。


「……ダンジョン内で先人が残した宝箱を発見することがある。訓練や試験ではすでに体験済みだと思う。これから多く経験するだろうけど、にはぜひ注意してもらいたい」


 片目の視界で見えるのは……7人かな? 

 初回にしてはいる方だね。


 1限目の今日は冒険者の卵へ「宝箱の開け方」について授業を開いている。『冒険者知識・応用』は必修科目ではないから受ける者は少ないが、この授業を聞いた者で早死にした人物は耳にしたことがないとかなんとか。


 事前知識として宝箱の種類や中身など、一通り説明を終えてから応用編の本題へ入る。


「豪奢な飾りのついた箱は大抵ダンジョン奥にある。入ってすぐの階層、あるいは中腹あたりで目立つような配置をしているモノはトラップだと思っていい」

「でも先生、もしレアなアイテムが入ってたらもったいなくないですか?」


 最前席にいる、金髪の少女が挙手。

 発言があるのは活気があってよろしい。


「エリー君の意見は正しい。ただ、駆け出しの冒険者が判別する技能スキル偏重になるのは好ましくない。ルーキーに必要なのは、まず生き残ることだ。判別する、しないは別として中を探索したなら帰ってくるまでが冒険だからね」


 右手の義手で少女へ指先を向け意見を補足する。

 金目欲しさに解錠や鑑定に重きを置いた結果、アイテムを取った後に他の人間やモンスターに襲撃されて命を落とす者は少なくない。怪しいものには手を出さない、これが鉄則である。


 しかし分かっていても納得しないのが冒険者、現にエリー君はやや不満げ。それは私も分かっている。


「でもね……」

「でも……?」

「開けたくなるんだよねぇ~!」


 十八番の流れ。

 参加者は思わず苦笑い。冒険者をやっていれば、逃れられない性なのだ。


「じゃあスルーせずどうやって開けるか、注意したいトラップは主に外と中だが……外については長くなるのでまた今度として……」

「はい、はーい先生! 中ってアレでしょ、ミミック!」


 快活な茶髪の男子が大きく手を挙げた。

 ミミックといえば定番中の定番、宝箱に擬態する箱型のモンスターだ。初心者から上級者までずっと付き合うお馴染みの奴。


「そうだねレックス君。じゃあミミックをどう判別するかな?」

「え⁉︎ えっーと……勘?」

「ふふ、勘は危ないな…………慣れた冒険者なら魔物か判別する魔法か道具を使えるけど、君らは簡素な武器防具、あとは少しの道具類しかない。しかし開けたい、なら……先制攻撃だ」

「そんなことしたら中身壊れちゃうんじゃないの?」

「お宝はミミックの下にあるから、そこさえ傷つけなければ問題ないよ」


 まぁ……大事なのは攻撃に至るまでにどうやって箱を開けるかと、どう倒すかなんだけど……箱から手足を出して殴ってくるタイプもいるし。


「擬態型は開けた瞬間の無防備な姿を狙う。首を噛み砕かれないように、硬い棒でも突っ込むのも有効とされる」


 だからルーキーの盾などを挟まれることをミミックは嫌う。苦い薬草なども有効。私が今、右手で掴んでいる杖を突っ込むのもあり。


「モンスターかどうかの判別は、あとは慣れだ。場数をこなして勘を養うように」


 この授業もずいぶん繰り返して来たものだ。聞く側だったのがつい昨日のようだ。……身体はずいぶん変わってしまったけど。


「内側のトラップはまだあるよ。典型的なのは箱を開けた瞬間、隙間から矢が飛ぶタイプや酸が放たれる罠」


 黒板に描画していく。

 思えば碌な目に遭わなかったなぁ。三本並んだ矢が出て来た時は死を覚悟したものだ。チョークを握る手も、焼かれた傷痕が疼くし。


「そういえば、この前の試験で爆発する宝箱がありました。先生」


 淡々と語るは東方からの冒険者志願の少女、ヤナギ君。爆風を受けたと聞いていたけど、長い黒髪はバッサリとカットされていた。凛とした雰囲気は変わらない。


「運がいいというか悪いというか……まぁ開けたら発動系はよくある。それも判別魔法など使えばできるけど、君たちなら……」


 趣味で作った宝箱の模型を足元に置く。興味津々の生徒たちが机から身を乗り出したところへ、よろよろと歩き……


「蹴っ飛ばすッ!」


 一蹴。

 簡素な宝箱は宙を舞い、教室後ろの壁に激突。そして中身の飴を転がした。


「これならトラップだとしても安全。余計な魔力も使わない」


 この授業恒例の蹴り飛ばしである。

 意外とウケが良いのだ。授業参加のご褒美に飴ちゃんを配ってゆく。


「ハッ、鍵がかかってるタイプなら蹴っ飛ばしても意味ねーだろうが」

「おっ、ライネル君はいいとこを突くねー」


 逆立った銀髪を揺らしてライネル君が吠える。この手の生徒もいないと面白くない。


「解錠までは発動しないんならどうやったってトラップの巻き添えじゃねーか」

「それは視野が狭い。近づいて解錠する必要なんてないのさ」

「はぁっ⁈ んじゃ結局魔法頼りかよ! ……っぱ育成学校の奴ぁ大したこと……」

「違う違う、魔法なんて使わないよ」


 包みを開けた棒付きの飴を少年へ突っ込む。


「棒にでも何にでも鍵や道具を括り付けて開けるのさ。距離を取ってね」

「んなことできるわけ」

「できるんだよ、多くのダンジョンを潜り抜けた冒険者なら。効率良く魔法を使うなら、『どこで使わないか』を考えた方がいい」


 なかにはやじりを鍵にして撃ち込む変態もいたなぁ……曲芸射撃のエルフだったっけ……? 今何してるんだろ。


「あくまで私が教えたのは駆け出しの冒険者でも使える技術だ。特殊なスキルや魔法を持っていれば必要のないことかもしれない」


 昨今は生まれながらのスキルでなんでもできる人材も出て来て学舎の需要は減っている。でも、全員が全員特殊なわけではない。


「この授業は私が教える技術を、君たちが不要となるまでの……上級冒険者になるための科目だ。各々有力な冒険者候補ということは知っているけど、命を落とすのはあっという間だからね」


 生き延びた私は、冒険者をできなくなって講師になってるけども。

 多くの人間と共に冒険し、そして多くの人間の終わる瞬間を見てきた。


 開けた瞬間の爆発に巻き込まれる者、

 二重底から噴出した毒に身体を蝕まれた者、

 中身を取った瞬間、部屋の壁に挟まれる者、

 ミミックに身体の上と下を噛み砕かれた者、

 開錠や判別スキルの多用で魔力切れになりモンスターに襲われた者、

 挙げればキリがない。


 そうならないための学舎である。

 もちろん宝箱に関する授業は、あくまで応用編の一部でしかない。自分の伝えられることは伝えたい……んだけど、毎年集まらないものだなぁ。なかなか人気講師のようにうまくはいかない。


「ま、冒険者に危険はつきものってことで。まずは宝箱には注意しようね」


 曇りなき眼差しは、上級冒険者のそれと変わらない。

 ここは、知識を得たい冒険者が集う学舎、その一室。


 私は……そこで生き抜く技術を教えるしがない講師である。

 

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