混沌の箱
金澤流都
蠱毒
僕は奴隷剣闘士だった。新しい王は奴隷制を廃止したが、その代わり行き場を失った奴隷剣闘士たちを「勇者」に仕立てて、魔王の待つ迷宮に送り込んだ。
僕は故郷では一流の学問を修め、また剣の技も同じく覚えていたので、奴隷剣闘士としてそれなりに活躍できた。的確に急所を狙う戦法で「知性の戦士」というあだ名がついた。
しかし僕は勇者に仕立てられ、迷宮に追いやられて、楽しかった日々は過ぎ去り、魔物との過酷な闘争に身を投じることとなったのである。
身につけた知識と教養で進んでいく。迷宮には案外、薬草や胞子で血止めができるキノコも生えていて、そこは己の知識に感謝するしかない。
迷宮を進むうちに、奇妙な部屋にきた。箱だ。天井の高さも奥行きも幅も、完全に同じ正方形の箱のような部屋だ。
嫌な予感がする。
「おう、おう。人間がかかった」
魔族特有の脳に響く声。周りを見渡しても声の主は見当たらないが、これだけ大規模な魔法を使えるなら――相当な大物だ。
そう思っていると、箱の中によろいトカゲや大サソリが投げ込まれた。殺されたら困るので殺していくが、箱のなかの魔物は増えるばかりだ。
僕の頭をよぎったのは、「蠱毒」であった。
故郷の先生に教わったのだ。遥か東方の地には、毒虫をたくさんツボにいれて戦わせ、最後に1匹生き残った毒虫を呪いとして敵のところに送り込むという魔術があると。
おそらくこの状況はそれだ。最強の魔物を生み出すために魔物を次々箱に放り込んでいる。なら、もし僕が生き残ったら、その理屈で言うと最強の勇者が生まれることになるのだ。
僕はひたすら、箱のなかに湧いてくる魔物を殺し続けた。剣の切れ味は次第に鈍くなってくる。最終的に現れたドラゴンを、僕はほとんど素手で顎を引き裂いて仕留めた。
無数の返り血を浴びて、僕は最強の勇者になった、いや成り果てたのである。
もはや僕はこの箱を壊すことすらできる。めぎばき、と箱を壊すと、恐ろしく巨大な魔獣が、僕をじっと見ていた。
こいつが魔王だ。僕はそう確信し、その魔獣を八つ裂きにして、ふと思う。
こんな化け物に成り果てた僕を、王都の人は勇者と呼んでくれるだろうか。
顔に触る。ゴツゴツしている。鱗のようなものすら生えている。自分はもう人間でない。それは火を見るより明らかだった。
いつの間にか生えていたしっぽをびたん、と鳴らして、僕は魔王の玉座に腰掛けた。
「魔王は滅びた! きょうより僕、いや朕が、魔王であるぞ! 全ての魔族よ、人間の王を殺せ! 朕の平穏な暮らしを奪い、故郷を略奪した、人間の王を!」
混沌の箱 金澤流都 @kanezya
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