箱のからくり

黒星★チーコ

全1話

 昔、あるところのある村の、ある庄屋さんに。それはそれは美しい娘がおりました。


 小さな頃はただあどけないだけの少女でしたが、成長すると共に黒い瞳は黒曜石のように煌めき。肌は色が抜けるが如く白くなり、長く伸びた黒髪は絹糸と見紛うほど。


 十五にもなるとその娘の美しさは村の外まで噂が及ぶようにまでなったのです。


「是非うちの嫁に」


 村の男達は勿論、隣村、その隣村からも求婚者が次々と現れ、果ては遠くの大金持ちの妻や、高名な家の妾に、という話まで出てきました。


 が、娘は誰が相手でも首を縦に振りません。流石に焦れた父親や男達が何故かと理由を尋ねると、娘は微笑んで小さな箱を袂から取り出しました。


「この中には私の宝、私の心そのものが入っています。この箱を壊さずに私の目の前で開けられた者がいるならば、その者と結婚致しましょう」


 それは、からくりの箱。


 一見してただの木の箱ですが、そのままでは蓋は開きません。よく見ると箱や蓋には微かな切れ目があり、あちこちを押したり引いたりずらしたりすることが出来るのです。少しずつそれを繰り返すと箱が開けられる仕掛けのようでした。


 何人もの人間が挑戦しましたが、箱を開けることは叶いません。一日中箱にとりかかる者もいましたが、やがて諦めて帰りました。挑戦者の数が二十を越えようか、という頃。村の外れで木工職人として暮らす青年のもとに、娘へ求婚する者の一人が訪ねてきました。


 この青年は娘の美しさにも心惹かれず、かといって他に想う相手がいるでもなし、できるだけ他人と関わらずひとりでコツコツと木工細工を作って暮らしており、変わり者だと周りに思われている男です。


「おい、あの娘の持つからくり箱を作ったのは、もしやお前さんじゃあないか?」

「……ああ、そんなこともあったなあ」


 青年は十年も昔、まだ職人として駆け出しの頃に、あどけない娘が物珍しげに工房に遊びにきていたのを思い出します。


「ならば、お前さんは箱の開け方を知っているだろう。教えてくれ。礼ならこれ、この通り」


 目の前に大金を積まれた青年は、全く表情を変えずにこう言いました。


「すまん。忘れた。実際に箱を触れば思い出すかもしれないが、それでは俺が箱を開けることになってしまうだろう。俺はその娘に興味がない。他に用が無いのなら帰ってくれ」


 訪問者はがっかりして帰っていきました。金にも娘にも興味がないだなんてやっぱり変わり者だと思いながら。


 その後も沢山の挑戦者が現れましたが、誰一人として箱を開けることはできず、とうとう父親である庄屋さんは娘に言いました。


「お前の好きな男と結婚していいから、いい加減相手を決めなさい」


 その日、青年の家を娘が訪れます。


「おや」

「お久しぶりです」

「箱は開いたのか」

「いいえ」


 娘はにっこりと笑いました。


「これをあなたに頂いたのは五つか六つの時でした。あなたは度々ここに遊びにくる私のことを邪魔だと思っていたでしょう」


“これをやる。これは俺が心血を注いで作ったものだ。これを開けられたなら次の箱をやろう。それまではここに来てはならん”


 青年はそう言って、まだ童女わらめだった娘に箱を与えたのでした。子供なら最初は躍起になって開けようとするが、そのうち飽きるか壊すかしてしまうだろう。どのみち娘を遠ざけることができる、と考えて。


「これはあなたの心血と仰いましたね。私も必死でこれを開けようと致しました」

「ずっと試していたのか」

「ええ、十年、暇を見ては。ですからずっとつきあううちに、また私の心を注いだ箱にもなったのです」


 娘はそう言いながら慣れた手つきでからくり箱を扱い、解き方を進めていきます。やがて側面を押すと板がずれて、中から小さな窪みが現れました。


「ここから先がどうにもなりませぬ。さては、なにか鍵が必要ではないかと」

「……そこまで見抜いたのか」


 青年は感心し、自分の持つのみの中で一番細く小さなものを取り上げると、その窪みにあてがい、押し込みます。カタリ、と小さな音が箱から聞こえました。娘は嬉しそうに「まあ」と言うと、箱の蓋に手をかけました。


 それは何の抵抗もなく、するりと簡単に開きました。中は空。


「これで、あなたと結婚できますね」

「俺は承知していないぞ」

「でも次の箱をくださる約束でしょう? それも私はきっと開けてみせますよ。その次やそのまた次があっても、ずっとここに入り浸って開け続けます。それなら嫁にくるのも同じことではありませんか?」

「……」


 青年は観念しました。娘が箱のからくりを見抜いたと知った時に、初めて心を揺らされたからです。今までそんな女性に出会ったことはありませんでした。きっとこれからも二人と居ないでしょう。




 よく晴れたある日、美しい娘はなお一層美しき花嫁姿となり、青年の家への道を歩きます。小さな頃に何度も歩いた道を。


 初めて出会った時から心をつかまれた、仕事に精を出す青年の真剣な横顔をこれからは毎日眺められるのだ……と喜びで胸を膨らましながら花嫁は道を進むのでした。



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