☆KAC20244☆ お題

彩霞

お題

「きゃー♡ 可愛かわいい!」


 花子は、パンダのぬいぐるみを見て黄色い声を出した。

 今日、彼氏の太郎と行った動物園で買ってもらったものである。


 ふわふわ、もふもふの触り心地。黒いビーズの目を見つめていると、きゅんと胸をつかまれるような愛らしさを感じる。

 何より、太郎に「これ、花子ちゃんに」と照れた様子でプレゼントされたら、好きにならないわけがない。


「うふふ♡ 今日はパンダちゃんを見ながら、お酒でも飲もおっと!」


 花子は明るい独り言を放ち、一人暮らし用の小さな冷蔵庫から発泡酒の缶を取り出す。プルタブを開け、「さあ、飲むぞ!」と缶をかたむけたそのときだった。

 空耳が聞こえたのである。


 ——ささくれ……。


「……うん?」


 花子は傾けた手を一旦戻し、眉をわずかにひそめると周囲を見渡す。しゃがれたおっさんの声がしたのだが、気のせいだろうか。


「外から聞こえたのかな?」


 ここはアパートの二階にある部屋である。外で少し大きい声を出していると、周りの建物に反響して話している内容が聞こえることがあるため、そのせいだろうと思った。

 気を取り直して、飲もうとしたときである。

 また「ささくれ」と聞こえた。


「え……マジ何? 誰かいる、の……?」


 花子は部屋の周囲を見渡す。まさか、ストーカーでも忍び込んだのだろうか――と、ふるえていると、テーブルの上に乗っていたパンダのぬいぐるみが手を動かしていた。


「あ、やっとこっち見た」

「……」

「なあ、俺にささくれよ」

「……」

「あれ? 聞こえてない? おい、嬢ちゃん、俺にささくれって」

「パンダがしゃっとる‼?‼?」


 花子の驚きに、パンダはさらりと切り返す。


「喋るときもあるがな」

「嘘やん‼‼」


 喋るパンダのぬいぐるみなど聞いたことがない。


「嘘だったら、声を発していないと思うんだが」

「そ、それはそうですが……」


 花子はおずおずとしながら、パンダの目の前に座る。


「何で敬語? 何で正座?」

「いや、パンダさんの声がおじさんの声なのでつい……。年上の方には敬意を払いなさいと、親に教えられたものでして」

「そうなの?」

「そうです」

「礼儀正しい子だな。ま、何でもいいんだけどね。それより、俺に『ささ』頂戴ちょうだい


 パンダはそう言って、花子の前に可愛らしい手を差し出す。その一方で、花子は額に手を当てて、大きなため息をついた。


「あの……、ですねぇ……色んな説明すっ飛ばしすぎだと思うのですが」

「えー? 説明いるぅ? 俺、面倒だからしたくない♡」


 器用にも、パンダは片目をぱちりとつむり、可愛さでゴリ押ししようとする。


「いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!」

「『いや』多いなぁ」

「気になりますっ……!」


 するとパンダは唇のあたりをとがらせる。表情豊かなぬいぐるみである。


「えー、だって本当大変なんだもん。お嬢さんも、難しい説明聞きたくないでしょ」

「難しいかどうかは後で判断するんで、とりあえず、どうしてあなたが話せるのか、何故うちにいるのか、諸々もろもろのことを話してください」


「しょうがないなぁ……。とりあえず、俺がここに来たのは、ある研究施設から脱走したからで、そこではAI機能をぶち込んだぬいぐるみ作っていてさ、何故かって言うと、現代社会ストレス抱えた人多いでしょ、何故か分からないけど、『もふもふ』って聞いただけで癒しを感じるらしくて、それで俺みたいなのが開発されたっていうことなんだけど、でも、俺ちょっとジャンルずれているかなって、思っていて、なんでかって言うと、俺の声ってハードボイルドじゃん? 格好いいのに癒し系ってあわねーなって思って、それで脱走してきて、どこに行こうかなって思ったら動物園に入り込んだのは良かったんだけど――」


「ちょちょちょちょちょ、待てください!」

「『ちょ』多いなぁ」

「危ない組織の子ですか⁉」


 目をギラギラさせて焦った様子の花子に、パンダは「落ち着けって」とゆったりとした声で言ってなだめた。


「そういうことは追々話すよ。でも、大丈夫だって。今話しても、後で話しても同じなんだから。……ということで、とりあえず『ささ』欲しい」


 パンダは再び、花子に向けて手を差し出す。ちっちゃな手がふにょふにょ動くのは、可愛い以外の何物でもない。

 花子は複雑な気持ちを心の奥に閉じ込めて、パンダに尋ねた。


「ぬいぐるみが……、『ささ』を食べるんですか? 確かに、パンダの主食ですけど……」


 するとパンダがむっとした声で反論する。


「誰が葉っぱが欲しいって言ったよ。『ささ』だよ。『ささ』」

「だったら、あなたの言う『ささ』って何ですか?」

「お嬢さんが持っているやつだよ」


 花子は自分の右手に持っているものを見た。発泡酒の缶である。


「これ、お酒ですけど」

「『さけ』? 『ささ』だろう?」

「でも、パンダさんさっきから『ささ』って言ってましたよ?」

「あー……、そっか。今は『酒』って言うのか。昔、『ささ』って言ってたから言い間違えたわ」

「そんなことあるんですか?」

「仕方ないだろ。俺のことをそう設定した奴がいるんだからさ」

「設定? あの、どういうこと――」


   ☆


「はっ!」


 ピピピピッ。ピピピピッ。ピピピピッ……。


 目覚まし時計が鳴っている。

 どうやら俺はフローリングで、うつ伏せに寝ていたらしい。


 俺はゆっくりと体を起こす。硬い床で眠ると、深く眠らずに済むが、その代償として体がバッキバキになる。良くないとは思っているのだが、作品の提出期限まで時間がないので、仮眠をとるにはこうするしかないのだ。


「それにしても、変な夢だったな……」


 俺は周囲に散らばっている、小説の資料を手に取る。

 そこには『精選版日本国語辞典』に書いてある、一部分が抜き出されていた。


*****

【ささ】

②(酒)(中国で酒を竹葉と呼んだことから。また「さけ」の「さ」を重ねたものともいう)酒をいう女房詞。

*****


「『ささくれ』なんてお題出されて、一ひねりしてみようとしたら、まさかあんな夢を見るとはな。『ささくれ』を『ささ(を)くれ!』と要求する文章として捉え、『中国で酒を竹葉と呼んだ』っていうところから、『パンダ』と『笹』を連想したってことか……」


 俺は小さくため息をつくと、よっこらせと立ち上げると、椅子に座り、机の上のPCを起動させると「カクヨム」を開いた。


「まあ、でも、KACのお題には間に合いそうだな」


(完)

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