天地無用って字面と言葉の意味が逆のような気がするよな!

秋乃晃

在りし日の玉手箱

 プールに『箱』が沈んでいた。


 週明けから水泳の授業が始まる。

 昨日さくじつの放課後、清掃のために水を抜いたら、底にあったのだという。


「これがその『箱』の現物よ」


 神佑高校のブレザータイプの制服をお召しの少女の前に『箱』が鎮座していた。


 長時間水に浸かっていたのだろうか、その漆黒の立方体には、ふやけた『天地無用』と『開封厳禁』のシールが貼られている。


「今すぐにでも警察に回収してもらうべきなんでしょうけども……なんと! 生徒会で処遇を決めていいって校長先生から許可がおりたわ!」


 生徒会長の夏芽かが早苗さなえは目を輝かせて「はい拍手!」と副会長と書記に拍手を強制した。部活動のため、庶務は欠席している。


「何が入ってるんだろうな!」


 早苗に応じて拍手した副会長の風車かざぐるま宗治そうじは『開封厳禁』を理解していないようだ。スキップのような軽い足取りで近づいて、ツンツンとかどの部分をつついている。


 外観からは何が入っているのかを確認できない。継ぎ目のようなものもなく、ツルッとしている。


「お二人とも、開けようとしていますか?」

「ええ!」「うん!」


 早苗と宗治による返事は、音こそ違えど意味は同じ。この生徒会室という空間内で『開封厳禁』を遵守しようとしているのは書記の作倉さくらすぐるただ一人であった。先ほども三人のうち一人だけ拍手をしていない。


「わたしは、やめておいたほうがいいと思いますけどねぇ?」

「えええええええ!? こんなに面白そうなものを!?」


 作倉は盛大にため息をつく。生徒会に入ってから、宗治のみならず、この生徒会長にまで振り回されるようになっていた。



 宗治が「作倉ぁ! 生徒会に入るぞ!」と言い出して「書記ぐらいならやりましょうかねぇ」と自らも立候補したのが始まり。もとい、運の尽き。


 顔合わせの時点で早苗からは「よろしくね!」と太陽のごときまぶしい笑顔を向けられた。直接視てはと顔を背ける。隣の宗治は「はい! よろしくお願いします!」と握手に応じていた。


 あとから聞いた話によれば「最近読んでるマンガのヒロインに似てて、カッコイイな! って!」とのことだった。おでこを出して、髪の毛は一つに束ねて三つ編みにしている。作倉は「髪型が似ているだけでは?」と懐疑的だ。


 生徒会選挙で、生徒会長というポストへの立候補者は早苗の他に二人いた(なお、宗治も初めは「生徒会長になるぞ!」と息巻いていたが、規則により一年生は生徒会長にはなれないので副会長を選ばなければならなかった)のだが、結果は早苗の大差勝ちだった。開票結果から計算すると、他の候補者の得票は、その候補者の友人票のみ。


 直前の演説がである。


「見てください! これが我流猛虎拳もうこけんよ!」


 他の二人の候補者が月並みな、ともすれば眠気を誘いそうな演説を終えたあと、早苗は舞台上で体育科の教師を。ガタイのいい男性(生徒たちからの評判があまりよろしくない)を一撃で倒すシーンは、全生徒と教師たちに衝撃を与えた。もちろん殺害したわけではない。気絶させただけだ。



「そうだぞ作倉ぁ! いつからプールに入っていたんだか、誰が何の目的で置いたのか、気にならないか!」

「そうですねぇ」


 宗治に頼まれては断れない。


 作倉卓は【予見】の能力者だ。青色の右目は未来を、赤色の左目は過去を視る。この『箱』の来歴が、右目のまぶたを閉じて左目だけで視れば見えてしまう。


 やれやれと席を立って、早苗の席まで行く。早苗は作倉に席を譲るようにして立つと「中身もわかっちゃう?」と小首を傾げた。


「開けたいのでは?」

「当たり前田のクラッカー!」

「なら、見えてもお二人には言わないでおきますよ」

「「えっ」」

「……どうせ開けるのでしょう?」



 箱の中には、

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天地無用って字面と言葉の意味が逆のような気がするよな! 秋乃晃 @EM_Akino

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