笹紅の師走

月夜野すみれ

ささくれなゐのクリスマス

 陽二の心はささくれ立っていた。


 クリスマス一色の街の中で。


 ついさっき、彼女と喧嘩して振られたばかりだった。


 今日、彼女の家が自宅を改築したというのでご両親に気に入られようと、改築祝いを持っていくことにした。


 彼女の両親が好きだという和菓子の店で生菓子を買った。


 途中で花屋の店の前を通ると店頭に盆栽の鉢植えが並んでいた。


 一つの鉢に松、竹、梅が植えられているものがある。

 クリスマス間近は正月間近でもある。


 松竹梅の盆栽は高くて買えなかった。

 松だけのも。


 だが、和菓子の店のショッパーには松の絵が描いてあって、花屋の包装紙には梅の絵が描いてある。

 だから竹の盆栽を買えば松竹梅になる。


 我ながらナイスアイデア!


 と奮発して竹――というか笹――の盆栽を購入し、重い思いをしながら彼女の家まで抱えていった。


 が、玄関を開けて盆栽を見た彼女は――。


「うちは開業医だから(竹は藪医者に繋がる)」


 そういう事は先に言え!


「それに祖母が最近体調を崩してて(鉢物は『根付く』が『寝付く』に繋がる)」


 聞いてねー! てか、見舞いの品じゃねー!


「それと妹が中学受験で梅崎中学を受験して失敗したの」


 知るかーーーーーー!


 と思わずブチ切れて彼女と大喧嘩した末、別れると言われたのだ。


 街角にはクリスマスツリー。


 だが陽二は彼女に振られ、雨に降られている。

 街の景色が銀色に滲んでいく。


 何もかも腹が立つ。

 彼女にも、街ゆく人にも。


 カップルでイチャイチャしやがって!

 こっちゃクリぼっちだぞ!


 むしゃくしゃしながら歩いていた時、不意に目の前に何かが現れた。


 降りしきる雨のせいでぼんやりしていて輪郭ははっきりしないが体型は人間とは似ても似つかない。

 身長は成人男性より少し低いが横幅が広くて首がなくて丸っこくて前屈みになっている。

 どう考えても人間の体格ではない。


「俺が欲しいものをくれるなら、お前の望みを叶えてやろう」


 その何者かが頭の中に話し掛けてきた。


 これがクリスマスの妖精というヤツだろうか。

 俺はキリスト教徒でもないのに。


『クリスマス・キャロル』の妖精――亡霊だったか?――が出たのはあまり熱心ではないクリスチャンのところだったはずだ。

 そもそもキリスト教徒ではないものはクリスマスの妖精の対象外だと思っていたが。


「お前が欲しいものを俺が持ってるのか?」


 今持っているのは小銭と限度額に達してしまっていて来月の決済日までは使えない電子マネーのカードしか入っていない財布と盆栽くらいだ。

 住んでいるアパートは賃貸だし彼女とは別れたから盗られて困る恋人もいない。


 となると、この手の得体の知れない者が欲しがりそうなものは命くらいだが――。


「そうだ。それをくれるなら望みを叶えてやろう」


 怪しい何かが言った。


「なんでもいいのか?」


「ああ、どんな望みでも構わない」


 その言葉にしばし思案した。

 俺は彼女とよりを戻したいだろうか?


 しかし彼女の気持ちは戻ったが自分はあの世行き、ではよりを戻す意味はないような……。


 いや、愛している男が喧嘩別れした直後に死んでしまったというのはこれ以上ない復讐ではないだろうか。


 きっと彼女の心に悔恨や罪悪感が残り続け、俺のことは一生忘れられないだろう。


 無敵の人になって無差別殺人なんかしても良いことは一つもない。

 はた迷惑なだけだ。

 だが、死ぬのが自分だけなら他の人に迷惑は掛からない。

 一人っ子だから老後の面倒を見てもらえない両親は困るだろうが――。


 こっちは無敵の人になりそうなくらい追い詰められているのだ。

 通り魔の息子より、死んだ息子の方がマシだろう。


「いいだろう。彼女の愛を取り戻したい」


「よし、取引成立だ」


 そういった瞬間、通りの向こうに走ってくる彼女が見えた。

 俺に手を振っている。


「よし、お前の欲しいものはなんだ」


「腹ぺこなんだ」


 そう言って雨の中から姿を現したのはパンダだった。


 そう言えばパンダは肉食だったな……。


 パンダに喰われて死ぬというのは中々珍しい死に方だ。


 そう思った時、パンダが俺が持っている盆栽を指した。


『笹くれ』


 お後がよろしいようで――。


   完

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笹紅の師走 月夜野すみれ @tsukiyonosumire

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