住宅事情2✕✕✕年

ヤマケン

住宅事情2✕✕✕年

 「あ、壁には触らないでください……!」


 私が内見した住宅は、白い四角い、1辺10メートルといった立方体の空間だった。材質はどうかと壁に触れようとすると、物件担当者から止められてしまった。


 「先ほどもご説明いたしましたが、この家は自由空間工法を採用してまして……」

 「あぁ……下手に触れると、使用者に適合した構造に変異してしまう」

 「さようでございます」


 最近の住宅は、この工法が増えすぎているきらいがある。

 つい100年ほど前に出来たこの工法によって、住宅各々の持つ個性やデザイン性が失われてしまった。『所有者本位』とはよく言ったもので、良いものを作ろうという気概が失われたように思う。


 「じゃあ、何も見れないじゃないか」

 「お客様はこのタイプの住宅は初めてでございますね? えぇ……想像を抱いてもらえればいいのです。広々としたリビング、使用性に優れたキッチン、清潔でおしゃれなお風呂場……自由空間工法の住宅では、お客様の想像力が補完され誰しもが設計者となれます」

 「ふむ……」


 私は内装を想像してみた。広々としたリビング、使用性に優れたキッチン……


 「ちょっと待ってくれ」

 「如何なさいましたか?」


 私は違和感を覚えた。白い壁面を眺めていると、頭の中に内装のイメージが湧いてくる、が……後ろに何か、何かのイメージがある。

 私は壁に触れた。


 「あッ! ダメです!」


 白い壁の立方空間は瞬く間に狭まっていく。担当者は私の手を壁から引き離そうと躍起になるが、もう手遅れだった。

 壁は打ちっぱなしのコンクリート。何世紀前のか知れない換気設備と蛍光灯。薄汚れたキッチン。風呂場はなく、トイレは部屋の中にあった。扉は鉄製で、覗き窓と物品受け渡し用であろう蓋がついていた。


 「ここは……古い留置場だな?」

 「えっと……その…………」




 私は部屋を断り、外に出た。268回目の内見も何の成果も無かった。私はとぼとぼと帰る担当者をしり目に、次の物件へ足を運んだ。

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住宅事情2✕✕✕年 ヤマケン @yamaken_21th

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