ゴーストライター
神白ジュン
第1話
家賃ゼロという言葉に釣られてやってきた場所は、とあるアパートに内見にやってきていた。
内見だと言うのに、不動産屋は鍵だけ渡して着いてこない。まぁ、十中八九、いわくつきの部屋なんだろう。
けれども貯金にも所持金にも心元のなかった私にとっては、もはや退路は無かった。
ドアノブに手をかけ、恐る恐るドアを開けると、中は思いの外明るかった。照明をつけずとも、数箇所の窓から日の光が差し込んでいる。私はその事実だけで安堵して、部屋に足を踏み入れた。
リビングまで歩き、なんだ、気のせいだったかと思った次の瞬間、肩に手を置かれた。
「──やぁ、いらっしゃい」
まだ若い男の声だった。この部屋にいるのは私だけのはずなのに。反応も出来ず、思わず全身に鳥肌が立ってしまう。
だが、ここで負けるわけにはいかないと思った私は、声の主を確かめるべく振り向くことを決意する。というか霊感が無くとも幽霊は見えるのだろうかと、むしろ気になってしまうほどだった。
……振り向いても、誰もいなかった。
私の心は想像以上に、落ち込んでしまっていた。最初は驚いたものの、こんな非日常、中々経験できるものではなかったからだ。けれどもあれは、気のせいだったのだろうか。そう思っていると──
「うーん、僕の姿は、見えないか……」
明らかに何もない空間から、声がした。今度は聞き間違えるはずがなかった。隣人の大声とかではない、紛れもなく目の前にいる人間の声だった。
「声が通じるなら充分だ。それより一つ頼みがあるんだ、しがない小説家さん」
彼は私のことをどうやら知っているようだった。けれども今更驚けなかった。
「僕が生前残せなかった物語が沢山ある。だからそれを代わりに君に書いてほしいんだ。これぞホンのゴーストライターってやつさ。どうだい?別に悪い話じゃないだろう?」
なるほど、そういうことだったのか。
この瞬間、彼への恐怖は自然と消えていた。そして私は、承諾の旨を伝えた。
ゴーストライター 神白ジュン @kamisiroj
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