【KAC20242】ちょっと曰く付きな住宅の内見

こなひじきβ

ちょっと曰く付きな住宅の内見

 とある不動産の事務所には、ちょっと曰く付きであるという口コミがあった。別に事故物件を紹介しているとか、幽霊が住んでいる所に通されるとかそういった事では無い。けれどその不動産は、ちょっとだけ特殊なのである。


 今日もその不動産を頼って物件を案内される家族と、内見の案内人が対象の住宅に上がっていく姿があった。家族は揚々と新築に入っていく。


「へえ、思ったよりも広いじゃないか」

「わーい! おもちゃいっぱいおけるねー!」

「段差も全然無いですね、これなら息子も安心です」

「ええ……年寄りな私の膝にも優しくて助かるよ」

「ふん! ばあさんはよく躓くからな!」

「それは何よりです」


 新築の内見に来たとある家族は、事前に条件として提示していたバリアフリー、ある程度の広さが備わっている事に関心していた。


「キッチンが使いやすそう! これならおばあちゃんも安心して料理出来るんじゃない?」

「そうね……。私もまだまだ作れる私でいたいから、ありがたいわぁ……」

「わーい! おばあちゃんの料理大好きー!」

「こらこら、まだ気が早いぞ。俺も義母さんの料理は好きだけどさ」

「儂の嫁なんじゃからな! 美味くて当然じゃろう!」

「……皆さん、本当に家族仲がよろしいですね」


 終始こんな調子で明るい会話が絶えないまま、全ての部屋を見終えた一家は皆満足気な笑みを浮かべている。リビングに集まり、一度ネクタイを直した案内人はソファに腰かけてリラックスしている皆に感想を尋ねる。


「一通り見ていただきましたが、いかがでしょうか?」

「皆不満は無いんじゃないか? 予算も問題無さそうだし」

「ええ、もうここに決めちゃう気満々だったわ!」

「僕もここがいいー!」

「そうね、私も言うことは無いわ……。あ、ごめんなさい。肝心な事を確認し忘れていたわ」

「そ、そうじゃぞ婆さん! 本気で忘れてしまっているかとヒヤヒヤしたわい!」


 おばあちゃんはゆっくりと立ち上がり、ヨロヨロと壁を伝いながら歩きだす。案内人がそれを支えながら向かった先は、広い住宅の中ではやや小さめの和室だった。


「仏壇はこの部屋に置こうかしらね……」

「おばあちゃんが嫌じゃなければ、俺たちもそれで問題無いよ」

「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ」


 父の賛同におばあちゃんは笑顔で頷いた後、自分の体よりも大きい仏壇の置き場所を手振りでイメージしている。それを見た案内人は、こっそりとおじいさんに尋ねる。


「……だそうですが、おじいさんは良さそうですか?」

「もうちょっと日が当たるところの方が良いのぉ……」

「畏まりました。……おばあさん、仏壇はもう少し日の当たるこの辺りのほうが良いかと思いますよ」

「あら、……確かにそうね。なら日が差し込んでいるこの辺りにしておこうかね」


 おばあちゃんの提案に、父と母は頷いた。おじいさんも満足気な様子である。おばあちゃんが納得した所で、息子がおばあちゃんに問いかけた。


「おばあちゃん、おぶつだんここに置くのー?」

「ええ、新しいお部屋を喜んでくれているといいんだけどね」

「……大丈夫じゃよ、婆さん」



 こうしておばあちゃんの希望も叶いそうだと分かり、詳しい契約内容については事務所に戻ってから話をするという事で内見はほぼ完了となる。案内人は戸締りを行うためにおばあちゃんと父母、息子を先に出して最後の確認を行う。


「全く、もう少しで儂が日陰者になるところじゃったわい!」

「危ないところでしたね。……もう、よろしいのですか?」

「ああ。婆さんがまだ儂の事を引きずっていないかが心配じゃったが……儂の事を忘れそうになっていた辺り、大丈夫みたいじゃな」

「そのようですね」


 案内人の最後の確認、それはだった。

 

「しかし、まさか死んだ儂の要望まで聞いてくれるとは……あんたの会社は変わっとるのぉ」

「私達なりの、他社との差別化というものですよ」

「よくわからんが、あんたのお陰で儂も婆さんも満足じゃ。これで安心して見守れるわい」

「それは何よりです。それでは、ご家族の皆様と再度契約の確認をした後に事が可能になりますので」

「ああ、わかったよ。……ありがとう」

「ご満足いただけて良かったです」


 この不動産では、事故物件や幽霊の済む物件を紹介するわけではない。のである。そういう意味では、曰く付きと呼べるのかもしれない。

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